Phase33 翳なる少女の涙


シードピアを照らす月明かり。

淡い光は、人々の心を幼い子供のようにときめかす。

「綺麗な月ね……。」

「今夜は満月ですわね…。」

杏奈とラクスがお互いに始めて話をしあった日から、数日間、杏奈は毎日のように“クライン邸”を訪れていた。

今や、二人は種族関係を超えた大親友と言っても差し支えないほどの友情が芽生えていた。

「…満月?」

「はい。シードピアのお月様は、日ごとに形を変えるのです。今は満月ですが、明日になれば月が欠け始め、何日か経った後には月は見えなくなります。でも、また何日か経てば、月は再び満月になるのです。」

自分たちの住むテレヴィアとはまた違う天体の動きに、杏奈もまた興味と関心を持った。

「何だか月の明かりって、ほのかに暖かいわね…。」

「そうですか?」

「あたしたちの住んでいたテレヴィアは、もともと太陽だけしかなかったから。太陽が沈んだ後の夜は外がとても寒かったわ。」


「普通のおしゃべりが続いているみたいだね。」

「今のところ、変わったことはなさそうね……。」

ファントムレイダーズのメンバーである遼希と梨生奈も、あの日以後、引き続きラクスに関する隠密行動を続けていた。

しかし、あれから数日が経つものの、特に変わった様子はなく、ただひたすら時が流れていった…。

「あれ?」

「ん?どうしたの?」

「女の子がラクスさまたちのところに近づいている…。」

遼希はすぐさま双眼鏡を取り出し、少女の姿を見つけた。

茶色の長い髪をした女の子だった。

『ラクスさん、アンナさん、こんばんわ。』

『あら、フワニータさん。』

『こんばんわ。どうしたの?』

どうやらあの少女はラクスたちの親友のようだ。

『えへへ、お仕事お休みだから、久しぶりに遊びに来ちゃった☆』

フワニータが話に加わったことによって、会話にも弾みが出始めた。

女の子同士の秘密の夜の会合。

このまま彼女らの会話がスムーズに行けばいい。

いつしか二人の心の中でそんな考えが生まれていた。



「はぁ、はぁ、はぁ……。」

ベルナデッドは、クライン邸の庭の片隅で息を切らしながら、彼女たちを見ていた。

思いもしなかった。

まさかラクスたちのところにフワニータが来るとは………。

「あの子と眼を合わせたら、こんどこそあたしは………。」


……ベルナデッドは、かつてはフワニータやジェミニたちと同じ、機密特捜部隊“スピリチュアル・キャリバー”の一員だった。

表向きは控えめで暗い性格の少女。

周囲からも拒絶されることも少なくなかった。

だが、フワニータだけは違った。

元から一人きりだったベルナデッドに、優しく接してくれたのは彼女だけだった。

しかし、そんな二人の関係も長く続かなかった。

彼女の裏の顔が、明らかになったのだ。

彼女の家系は、情報収集はもとより、暗殺のスペシャリストでもあったのだ。

それゆえか、無関係の人々にさえ刃を向け、命を奪ってきたことが幾多もあった。

それらが組織内部で明るみにされ、一時期には困惑さえ漂っていたのだ。

危険を察知した総司令官の大神は、ベルナデッドに対し、組織追放処分を言い渡した。

フワニータも、彼女の正体を知った後、絶縁すると口にした。

その日以来、彼女はニュートラルヴィアでずっと一人きりになってしまった。


フワニータに今の姿を見られてしまったら、今度こそ自分はおしまい。

落ちぶれた姿を、彼女だけには見せたくなかった……。

そう思うと、彼女はもはや暗殺の仕事を続けるのは、心身的にも無理になっていった。

彼女は失意のうちに、クライン邸を去った…………。



気がつくと、彼女はスピリード島の片隅にある、“W.シンフォニー教会”に訪れていた。

ここは、戦災孤児たちはもとより、心の病を背負ったものたちや、過去の過ちから逃れられないといった人たちに、救済の手を差し伸べる場所。

それゆえか、ここを尋ねるものたちは比較的少ない。

でも、自分がここに来ることになろうとは、思いもしなかった。

ベルナデッドは、教会の扉をゆっくりと開けた。

その瞬間に彼女の眼に飛び込んだのは、光り輝く大きな翼。

それらが交わる場所には、真紅の修道服に身を包み、祈りを捧げる一人のシスター……。

かつて彼女を見たときより、さらに美しく輝いているように見えた。

ふと、光の翼が消えた。

シスターは立ち上がり、振り返ると………………。


「いつ会えるかなと思いながら、ずっと待っていましたよ、ベルナデッドさん。」


「エリカ・フォンティーヌ……!」

スピリチュアル・キャリバーのメンバーで唯一、教会の見習いシスターとしての顔を持つエリカ。

普段はトラブルメーカーではある彼女も、この日は別人に思えた。

「…待って…いたの……?あたしを……。」

やわらかく微笑み、小さくうなずくと、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「以前のみんなは、あなたのことを何回も拒絶していました。その上、裏の顔は暗殺者。それが決定的となり、あなたは組織から追い出されてしまいました。」

元から、人を慈しむことをシスターの生業としてきたエリカ。

人の気持ちを理解しているかのように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

「わたしも、あの時は罪なき人の命を奪ってきたことは、許すことは出来ませんでした。しかし、わたしは気付いたのです。命を奪った人を憎んでも、死した方たちは、決して帰ってこない。憎しみを増やしても自分を苦しめてしまうだけであると。」

エリカらしからぬ言葉に、ベルナデッドは眼を見開いた。

暗黒の世界で生きてきた彼女にとっては、意表をつく言葉でもあったからだ。

「それを理解しない限り、わたしたちは自分自身を苦しめ、道を見失ってしまいます。」

一拍おき、エリカはベルナデッドの眼を見つめながら、言葉を続けた。

「あなたも昔は、その心を持っていたのではないのですか?」

彼女の脳裏に、幼少時代の記憶、そしてスピリチュアル・キャリバーで過ごした日々が蘇ってきた。

昔の自分はとてもピュアな心を持っていたのに、いつの頃からか、自分自身を見失った。

挙句の果てには、自分を守るためだけの欲望に身を任せて、自分の手を血で汚してしまった。

知らず知らずのうちに深く根付いた、心の傷跡。

人としての温かさに触れるたびに感じる、耐え難いその痛み。

その全てが、彼女の心に染み渡っていった。

やがて、彼女の目じりに光る雫が……。

それは、自分の過去の過ちを知った証でもあった。

エリカは彼女の体を抱き寄せ、涙を受け止めた。

嗚咽は次第に、懺悔をするものの慟哭へと変わり、彼女は泣いた。

はばかることもなく、幼い少女のように泣き声を上げて……。


「…う…っ…、ひっ…く……。」

「落ち着きましたか……?」

「ええ…。ありがとう……っ…。」

悪魔に魂を売ってしまった少女。

そんな彼女には、もう心の拠り所すら残っていないと思っていた。

でも、やっと見つけた。

ここに、そんな自分でも許してくれる存在―――心の置き場所が………。

「…美しいじゃないか…。」

不意に聞こえた謎の声。

振り返ると、そこにいたのは侍の風貌を漂わす、一人の男だった。

「こんばんわ、お嬢さん方。」

「根来…幻夜斎……っ…!」

ベルナデッドが震える声で発した男の名。

その名前は、エリカも聞き覚えがあった。

「幻夜斎って、まさか!!」

「…そう。かつて、あんたたちスピリチュアル・キャリバーと対立していた闇の組織・根来衆の総大将。それが、このあたしさ…。」

根来幻夜斎(ねごろ・げんやさい)――――。

情報収集と暗殺を受け持つ闇の一族・根来衆(ねごろしゅう)の総大将。

かつてスピリチュアル・キャリバーと幾度なく刃を交えた、因縁の宿敵と言っても過言ではない存在である。

「ベルナデッドに動きがあったって言う情報を聞いて、後を付けてみたんだけど……大胆な行動に出たね………。」

その言葉を聞き、俯いてしまったベルナデッド。

幻夜斎は、彼女の経緯を話した――――――。


「そんなことが……!!」

エリカも驚くしかなかった。

まさか彼女がそんな依頼を受けていようとは……!

ところが、エリカの脳裏で何かが引っかかった。

「あれ?でも、何処か変ですね……確か……………。」

このとき彼女が呟いた言葉を、幻夜斎は聞き逃さなかった。

「待ちなさいっ!!」

「は、はいっ!?」

「お前、今、何て言った!?」

スピリチュアル・キャリバーの内部極秘情報を耳にしたベルナデッドと幻夜斎の瞳が、驚きで極限まで見開かれた。

「う…そ…っ……!!じゃあ、エリカの話が本当だとしたら…!!」

「これは明らかにムジュンしているね…。」

数刻の間を置き考えた幻夜斎は、決断を下した。

「出でよ根来衆!!」

掛け声とともに、漆黒の衣に身を包んだ忍者集団が現れた。

「お呼びでございますか、御頭(おかしら)。」

「実はな……。」

幻夜斎は、集団の一人に事のあらすじを簡潔に伝えた後、指令を下した。

「いいか。ゾロアシア・ワールドに赴き、情報収集の隠密行動任務につけ。手がかりを見つけ次第、随時、報告するのだ。散れ!」

『はっ!!!』

忍者集団は指令を受け取ると、四方八方に飛び交った。

幻夜斎は表情を険しくさせたまま、言葉を紡いだ。

「…いずれは、あの男の化けの皮…剥がれるかもしれないね…。」



スピリチュアル・キャリバーの活動本拠点“シードピア・シアターハウス”。

その敷地内にある小さな中庭で、静かに座禅を組む一人の青年。

精神統一し、微動だにせず……。

ふと、青年の瞳がゆっくりと開かれた。

「………信長…?」

名を呼ぶと、彼の体の中から一人の男の姿が現れた。

第六天魔王・織田信長。

かつて、スピリチュアル・キャリバーの見習い隊員でしかなかった大河新次郎と刃を交えた存在。

戦いの末彼は、新次郎の中で眠りについていた。

言わば、新次郎にとっての守護霊的存在とも言えるのだ。

「どうしたの…?」

『今し方、この島の教会にお前たちのかつてのゆかりの者が見えた。』

「……ベルナデッドが…?」

暗殺と言う裏社会の仕事を生業としている黒き少女・ベルナデッド。

彼女がいきなりここに現れるとは思いもしなかった。

何かあったのだろうか……?

『どうやら彼女は、自らの今までの過ちを告白しに来たと思える。』

「どういうこと……?」

『フッ…、余が言いたいことは、あの修道女が持ってくるさ……。』

信長の言葉どおり、その発言から1分と経たずに、一人のシスターがかけてきた。

「新次郎さ〜ん!」

振り向くと、そこには大急ぎで駆けてくるエリカの姿が。

そのとき――――――。

―――ズルッ。

「ひゃっ!」

「え?」

――――――ゴロゴロゴロゴロ……!

「きゃああぁぁ!」

「わひゃぁっ!!」

――――ドッシ〜ン!

勢いあまって足元を滑らせたエリカはそのまま転がって、新次郎と正面衝突。

「いたたたた………、エリカさん、何なんですか!?」

「ほえ〜……。」

エリカの頭上には天使の幻覚が回っていた…。

「エリカさん、エーリーカーさーん、しっかりしてくださいって!」

新次郎が平手で軽く頭を叩いたり、体を揺らしてあげたこともあり、エリカはすぐに意識を取り戻した。

「はっ!…新次郎さん。どうもごめんなさい。」

「ところで、あんなに急いでどうしたんですか?」

「あ!そうでしたそうでした!!」

手をポンと叩いたかと思うと、エリカが懐から一枚の紙を取り出した。

「ベルナデッドさんから預かってきたものです。あの子に送られた“依頼の手紙”だそうです!」

新次郎は手紙を受け取るとすぐさま、内容に眼を通した。

瞬間、彼もまた衝撃を受けた。

「これって…!!向こうからの謀略じゃないでしょうね!?」

「そうだとしても、一部の人間が仕組んだ可能性があります。とにかく、これを大神さんへ!」

「はいっ!」

信長が言いたかったのはこういうことだったのかも知れない。

下手をすればシードピア全土に、大波紋を与えかねない。

そんな予感が、彼の脳裏に過っていた。



---to be continued---


あとがき:
予告どおり、サクラシリーズからまたしても新参者登場です。(苦笑)
しかし、今回出てきた二人は“ダークサイド”ではなく、さくらさんたちのサポーター的立場に回ってもらうことになります。
もちろん、てれび戦士やSEEDのキャラたちとも面識を持たせようかなと考えています。

さて、次回はニュートラルヴィアにスポットが入ります。
第31話の後日談と言った感じの展開で参りたいと思います☆








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