『死』。
それは誰もが恐れる言葉。
しかし、少女は人一倍その言葉に対して恐怖を抱いていた。
だが、それこそブルーコスモス・ファミリーに入った者たちの定め。
その言葉こそ、彼女にとっての“ブロックワード”。
“禁句”とされている、狂いの鍵。
それを耳にしたとき、その命は縮まると言われる……。
ステラはあの時の戦闘でブロックワードを耳にしてしまい、無我夢中で走り続けた。
そして気がついたときには、彼女は見知らぬ森の中に居た。
何時間も走り続け、息も絶え絶えになった彼女は、傍にあった木にすがり、そのままずるずると座り込んだ。
「はぁ…はぁ…はぁ……。」
息を整えて周りを見渡すと、自分が見知らぬ場所に居ることに気付いた。
「ここ……どこ…?」
見渡す限りに広がる深い森。
鳥のさえずりすらも聞こえぬ、不気味な雰囲気。
「スティング…?アウル…?フレイ……?どこなの…………?」
そして、自分以外誰も居ないと言う恐怖。
「……ステラ……一人…?」
―――!!!
言い知れぬ恐怖がのしかかった。
だが、ステラはそれを払いのけるがごとく、最後の力を振り絞り、歩き出した。
「死にたくない…!死ぬのは、イヤ…ッ…!!」
自分に言い聞かせるように呟きながら、懸命に歩くステラ。
ようやく目の前に、何かが見えた。
そこは、大きな泉だった。
「なんとか…あそこまで……!」
その泉はまるで木に取り囲まれているような場所だった。
真上からは太陽の光が差し込まれ、泉がキラキラと輝いていた。
「きれい……。」
その輝きに見とれていたステラは、不意に力を失くし、足元から崩れ落ちた。
彼女のワインレッドの瞳からは、一筋の涙が。
「ステラ…ここで…死ぬの……?」
うつぶせのまま、動く気力すらもなくしてしまった彼女は、覚悟を決めたかのように瞳を閉じた。
―――マユ…、シン……。
ごめんね……。
ステラ、もうここで死んじゃうかも……。
でも…、最後に…、シンに……、大好きなお兄ちゃんに……、あいたかった…な……。
完全に意識を手放して、しばらくした後。
不意に体中に温かみを感じた。
まるで、義兄の温かく優しい腕の中に包まれたような感じだった。
―――………シン?
でも、違った。
一緒に暮らした義兄とは違う温かい感触。
それと同時に、体中に張り巡らされた痛みが徐々に引いていくような感覚がした。
どこか安らぐ、とても優しい雰囲気。
その感触に、ステラは覚醒した。
気がつけば、ステラはベッドの上で寝かされていた。
瞳をこじ開けると、自分が見知らぬ家の中にいることに気付いた。
「ここ……どこ…?」
すると、ドアの向こうから一人の青年が現れた。
服装はカウボーイスタイルで、髪は茶色だった。
彼の手には、買出しでもしていたのだろうか、大量の食料や生活備品などが揃えられていた。
「おっ?目を覚ましたみたいだな。」
男は荷物を置き、ステラが寝ているベッドにゆっくりと腰掛けた。
「気分はどうだ?どこも、悪くない?」
「………大丈夫…。」
言葉を返すと、男は微笑んだ。
宝石にも負けない輝きを持った赤紫をイメージさせる瞳と、流れるような金糸の髪。
そして、あどけない表情。
全てがかわいらしく思えた。
男はそんなステラの髪を優しくなでた。
目の前の人のしぐさに、彼女は思わず微笑んだ。
「君、名前はなんていうんだい?」
「ステラ。ステラ・ルーシェ。」
「ステラか。いい名前だな。俺はブレッド。ブレッド・バシレウス。」
それが、二人の初めての出会いだった。
しかしブレッドは、着ているコスチュームと少女の名前を時点ではっきりと悟った。
彼女がブルーコスモス・ファミリーの一員であることに。
けれども、そのまま追い返すわけにもいかず、ブレッドは彼女をしばらく預かることにした。
その夜、ある異変が起こっていた。
曇り一つない空から、月が地上を照らしていた夜。
眠りについていたブレッドは、少しずつ聞こえてくる荒い息遣いに異変を感じ、音を立てないようにゆっくりと起きた。
「…何だ……?」
不安を感じたブレッドは、蝋燭に灯をともし、ステラが寝ているはずのベッドルームへ入った。
「…ステラ……?入るぞ…。」
カチャ…と、音を立ててドアを開けたブレッドの目に飛び込んできたのは、胸を鷲掴みにしながら苦しそうに呼吸をするステラの姿だった。
ただごとではない現状に、少々取り乱しそうになったブレッドだが、冷静に対処することにした。
蝋燭をそばにあった小さいテーブルに乗せ、ステラの傍にきた。
「どうした?苦しいのか?」
ブレッドの声に気付いたのか、ステラは震える手でブレッドの腕をつかんだ。
「ブ…レ…ッド……。ステラ……苦しい…よ…ぉ……。」
「………。」
ステラを見つめたまま、一瞬無言になってしまったブレッドだったが、ふとあることを思い出した。
「…!!そうだ、確か……!」
そう言ってブレッドは、ベッドルームの中にある棚から薬箱を取り出し、その中から一つの小瓶を取り出した。
「これだこれだ、“アタラクティク・ドリンク”。」
ブレッドが取り出したのは、ブルーコスモス・ファミリーも滞在している空中コロニー・“レクイエム”で使われている精神安定剤。
普段このタイプの薬は、注射器によって投与されることが大半であり、エクステンデッドにしか使えない特殊な薬。
だがこの薬は、ナチュラルでもエクステンデッドでも十分効果を発揮することが出来、さらに精神不安定なナチュラルでも飲みやすく作られたドリンクタイプである。
もちろん、エクステンデッドの体力の回復や精神状態の初期化にも効果的なのだ。
「ステラに打ってつけだな。よぉし。」
ブレッドは薬を飲みやすくするため、ビンのふたを開け、飲み口にストローを付けてあげた。
「ほら、これを飲みな。」
ブレッドの声が聞こえ、ゆっくりと瞼をこじ開けたステラの目の前には、小さなビンを差し出しているブレッドの姿が映った。
そのビンが目に映ったのか、ステラは安心したような表情になった。
「ステラの……おくすり…?」
「そうだよ。自分で、飲めるか?」
「……ちょうだい。」
ステラはゆっくりと体を起こし、ブレッドから薬を受け取った。
「……ありがとう…。」
液体タイプの上、ブレッドがストローを用意してくれたおかげで、彼女にとっては飲みやすかった。
ステラは、ゆっくりと時間をかけて薬を飲み干した。
それからしばらくして、ステラの息苦しさは収まった。
「もう、大丈夫だな。」
「うん。ありがとう、ブレッド。」
「おやすみ。」
ブレッドはステラの体をゆっくりと横にし、その上から毛布をかけてやった。
穏やかな笑顔ですぐに眠りに着いたステラを確認すると、ブレッドは蝋燭を吹き消し、部屋を後にした。
後には、少女の穏やかな寝息だけが響いていた。
「そっか…。ボクが送った薬、思わぬところで役に立ったんだね。」
『ああ。受け取ったときにはこんなもんどうしろってんだって思ったからな。』
「アハハ。」
空中コロニー・レクイエム内では、銀髪の少女が人知れず、地上にいるブレッドと通信を交わしていた。
『とにかく、ステラはしばらくこっちの方で預かることにする。大神司令にもあとで同じ用件を伝えるけどな。』
「わかった。とにかく、ブルーコスモス・ファミリーには内密にってことだね。」
『そういうことだ。うまくやってくれよ。じゃあな、レニ。』
名を呼ばれた少女は、笑顔で通信を切った。
少女――レニ――は、スピリチュアル・キャリバーの一員。
現在は仲間である、織姫、ラチェットと共にレクイエム内で内密行動を行っている。
「でもまさか…、一人だけ取り残されたなんてね…。」
彼女は一人呟きながら、コロニーの天井を眺めていた。
エクステンデッドは、この“レクイエム”内で創りだされた“戦闘兵器”。
そのほとんどが、元々は罪もなき善良なナチュラルの子供たち。
彼ら、BCFはこの2〜3年の間で何十体、何百体もの子供たちを“大量処分”していった。
親元の知れないところで……。
その恐るべき事実を知っているのは、BCF以外では、彼ら――スピリチュアル・キャリバー――のごく一部でしかない。
「それにしても……いくら戦いに勝ちたいからって、幼い子供まで巻き添えにするなんて…っ…。」
―――こんなの……ひどすぎるよ……!
その嘆きは、コロニー内に吹く風にかき消された………。
---to be continued---
あとがき:
予告どおり、今回はステラ視点的な展開となりました。さらにここでブレッドが初登場!
さらにレニも飛び入り参加!
ちなみに、裏話的コメントをすると、今回登場したアイテムである“アタラクティクドリンク”、
もともとレニが冗談半分でブレッドに送ったものだったりして☆(なんじゃそりゃ!!)
……って言うか“エピソード0”をやったこともないのにブレッドを出演させちゃったことを後悔…(爆)。
もしキャラが違っていたらごめんなさい!!
え〜、気を取り直して……。
さて、次回をもってSEEDPIA CRISIS第1部完結とさせていただきます!
ちなみに、次回は第18話の直後的展開になります☆お楽しみください!