「…墓場から消えた…マユ・アスカの魂……?」
『ああ。兄貴のシンには伝えていねぇけど、セメタリーガーデンのマユちゃんの墓から、わずかな魂の欠片すらも見えてねぇんだ。』
モニター越しの男は、ロベリアとサリュの報告を受けて、僅かに顔を歪ませた。
大抵、遺骨が埋葬されている墓には、その魂が墓石に宿るはず……。
忽然とその魂が、欠片も残さず消えると言うのは、どう考えてもおかしいことだ。
『サリュの推測じゃ、その魂がどこかで具現化されているかも知れないって言ってんだ。』
「……死んだ魂が蘇ったとでも言うのか?」
『そういう意味じゃないと思うけど……、あたしでも答えるのが難しいよ…。』
事態は複雑だ。
ロベリアは少々渋い面持ちだった。
「判った。とりあえずジェミニにこの事を連絡しておく。何か動きがあったら、サリュにもニュートラルヴィアに向わせる。」
『承知した。では、我々は引き続きここでの調査を進めておく。』
『何かあったら、また連絡するよ。じゃあな、大神総司令。』
ロベリアは、自分たちのリーダーの名を言ったと同時に、通信を切った。
アタッシュケース型の大型キネマトロンを閉じた男は、ロベリアの報告を聞き、唸りながら考えていた。
万が一、本当にマユの魂がどこかで具現化されている、つまり“人間として行動している”とすれば………。
いやいや、そんなことはありえるはずがない。
彼はそう思いたかった。
ここは、シードピア・シアターハウスの支配人室。
彼、大神一郎はシアターハウスの支配人であり、“スピリード・オペラッタ・カンパニー(通称:SOC)”の責任者。
だが、その呼称は彼らが世を忍ぶ表向きの仮の姿。
その実態は、シードピアの霊的脅威からこの世界を守るために組織された、機密特捜部隊・“スピリチュアル・キャリバー(Spiritual Caliburs)”である。
大神は、そのすべてを統括する総司令官の立場を担っている。
彼らは実質的、“存在しない部隊”となっており、その実態を見たものはほとんどいないと言う……。
また、彼らは結成当時、ニュートラルヴィアのライガーシールズと同盟を結んでいる。
つまり、彼らを理解しつくしているのは、ライガーシールズのメンバーたちのみと言うことになる。
「…死した魂が…この世界のどこかで生きているかも知れないなんて…。」
………やっぱり、どう考えてもありえない話だな…。
大神は、先ほどのロベリアからの通信内容に関して、頭を捻らせていた。
すると、突然ドアのノックする音が。
「一郎叔父。」
「いらっしゃいますか?」
「新次郎とさくらくんか……。入りなさい。」
「失礼します。」
入ってきたのは、短い黒髪にモギリ服に身を包んだ青年と、ピンク色を基調とした着物を身に纏い、腰に日本刀を携えた女性の二人組みだった。
青年の名は大河新次郎。
幼少の頃から憧れている総司令、大神一郎の甥っ子である。
現在は、劇場のモギリの傍ら、スピリチュアル・キャリバーの隊長を務めている。
そして、隣にいる女性は、真宮寺さくら。
SOCで名を馳せているトップスターであり、スピリチュアル・キャリバーの中心メンバーの一人。
この世界には、ちょっと珍しいサムライ戦士。
また、公には明かされていないが、彼女は大神の恋仲関係にも当たる存在でもある。
「これ、先日の公演分の売り上げです。」
「ああ、ありがとう。」
大神は、新次郎が差し出した売上表に一通り目を通した直後、いきなり話を切り出した。
「ところで、さくらくんは確か今日からしばらくの休みをもらうことになっているんだったな。」
「ええ。それが、どうかしたんですか?」
「実は……。」
大神は、先ほど入ってきたロベリアからの緊急通信のことを説明した。
「……というわけなんだ。」
ロベリアからの緊急報告に、さくらも新次郎も目を丸くした。
「…墓地に眠っているはずの魂が…、どこかで具現化された…?」
「それって…絶対ありえないんじゃないですか…?」
「俺もそうは思った。だが、実際サリュがそれを確認したと言う報告を、今さっき受けたばかりだからな。可能性としては、ありえないことじゃなさそうだ。」
予想だにしなかった事態に、部屋一辺は沈黙に包まれた。
ややあって、さくらは大神が言いたかったことを理解した。
「あの………。まさか、ひょっとして…、私にもその調査を頼みたいってこと…ですか?」
「申し訳ないけど…その“まさか”だよ。」
悪い予感が的中し、少々複雑な面持ちになったが、ややあって考えた後この件を了承した。
「わかりました。丁度、休暇にニュートラルヴィアへ行きたかったところですから。」
「じゃあ、準備が整い次第、任務に当たってくれ。ジェミニたちのほうには、新次郎のほうから連絡してもらうけど、いいか?」
「了解です。では。」
新次郎とさくらは、敬礼を交わした後、支配人室を後にした。
その後、大神は再び腕を組んで、これまでの経緯をまとめた。
突如として、攻撃目標をゾロアシア・ワールドからニュートラルヴィアに変更した、ブルーコスモスファミリー。
その彼らを追い払うだけでなく、ライガーシールズを支援した謎の組織“ティアーズ”。
そして、ゾロアシアから気配を消した、一人の少女の魂………。
およそ1ヶ月前から、不可思議な事件が起こっている、混迷の世界・シードピア。
大神は、この世界に起こりうるかも知れぬ一大危機の予兆と、マルキオ導師の言い伝えの、僅かな可能性を感じていた。
「テレヴィア公安組織・ティアーズか……。よもや、“虹の勇者”の末裔か……?」
『……と言うわけなんだ。』
「死んだはずのマユちゃんが、この国の何処かにいるかもしれない、だって!?」
ニュートラルヴィア・アプリリウス銀座の一角にあるカフェで、しばしの休息をとっていたジェミニは、スピリード島本部からの緊急通信を受け、半信半疑になっていた。
「ロベリアさんの報告じゃ、そう言っていたの?」
『こっちもそこまでは確信できないけれど…、まぁ、あの二人の勘は意外と鋭いところがあるからね。』
その最中、フワニータが食事を持って、席に戻ろうとしたが、ジェミニの様子を見て何やら予感した。
『とりあえず、今さっき、さくらさんをそっちに送ったから、後で合流してよ。』
「判った。じゃ、切るよ。」
ジェミニはキネマトロンを切り、懐にしまった。
それと同時に、フワニータが席に着いた。
「ジェミニ、何かあったの?」
フワニータはジェミニに、軽食とドリンクを差し出しながら、話を切り出した。
「うん。さっき、新次郎から連絡が入ったんだ。」
「えっ?大河隊長から?」
「実は、ゾロアシアの墓場に居るはずの少女の魂が、この国にいるかも知れないって。」
―――ええっ!?
思わずフワニータは声を上げたが、すぐに気を落ち着けて周囲を見渡し、自分たちの声が聞こえていないことを確認し、あらためてジェミニに詳しいことを聞くことにした。
「それって、どういうこと?」
ジェミニは少々複雑な面持ちだった。
何にせよ、彼女にとっても予想だにせず、且つ信じられないことが起こったのだから。
「ゾロアシアに滞在しているロベリアさんからの連絡でね、墓地に宿っているはずのマユちゃんって言う女の子の魂が忽然と消えたらしいんだ。」
「もしかして、それがこのニュートラルヴィアにいるかも知れないってこと?」
「そうらしいんだ……。」
その内容はいずれ、スピリチュアル・キャリバーの隊員全員に波紋を呼び込むであろう、半信半疑の報告だった。
フワニータも表情が複雑になった。
「とりあえず、この後さくらさんと合流して、その調査にあたることになったから。」
「……判った。」
―――それにしても、一体どうして…?
一方、先日の戦闘において、ライガーシールズの勝利の立役者になったティアーズは、再びリュミエール岬に停泊していた。
その甲板にたたずむ、一人の少女。
亜麻色の長い髪と、長袖のジャケット、そして朱色のスカートをはいている女の子。
彼女――マユ――は流れ込む潮の風を浴びながら、呆然と広大な海原を眺めていた。
その脳裏で、自分の記憶を探ったが、未だ自分が何者なのかが把握出来ていなかった。
―――マユ…どうしてここに居るんだろう………?
その時、背後に何やら気配が。
振り返ると、そこにいたのは黄色い半そでのジャケットをかけた少年だった。
「……タクヤ…?」
てれび戦士・ティアーズのリーダー格、卓也だ。
「マユちゃん、また何か悩んでいるの?」
「…うん……。どうしてマユは、こんなところにいるんだろうって…。」
記憶喪失の彼女にとっては、素朴とも言える疑問であった。
しかしそれは同時に、彼女自身に関わる重要なことでもあるのかもしれない………。
卓也はそんな彼女の髪に、そっと手を添え、ゆっくり撫でてあげた。
「いつまでも悩んでいても、仕方がないよ。」
まずは、落ち着くことが大切。
無理に思い出そうとすれば、自分にとっても苦しくなるよ。
「そのうち、君の記憶も元通りになるはずだから。大丈夫。」
まずはゆっくりと時間をかけることが大切。
無理に急ぐこともない。
今の彼女自身にとって大切な言葉を教えられたマユは、心が軽くなったような感じになった。
「ありがとう。タクヤ。」
「じゃあ、食堂に行こうか。」
そう言って卓也はマユの手を引こうとしたが、「ねえ?」と声をかけられた。
呼び止めたマユの瞳は、まるで宝石のように輝いていた。
「タクヤのこと……“お兄ちゃん”って、呼んでいい?」
唐突な彼女の言葉に、卓也は困惑した。
「……どうして?」
「マユね、ずっと前に、お兄ちゃんがいたような気がするの……。」
「……マユちゃんの、本当の兄弟ってこと…?」
少女はゆっくり頷いた。
もしかすると、このシードピアにその兄さんがいるかもしれない…。
卓也の心のなかで、そんな仮説が生まれていた。
「だから…その“お兄ちゃん”が見つかるまででいいから…、タクヤのことを、“お兄ちゃん”って呼んでいい……?」
少々困惑したが、卓也は一瞬考え、マユに向かって微笑みをみせた。
「…OK、じゃあ、そのお兄さんが見つかるまで、僕が兄弟代わりだね。よろしく☆」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
義兄弟のような関係が生まれたことに卓也は、僅かに複雑な面持ちだった。
―――ややこしい生活になりそうだけど…、まぁ、いっか☆
---to be continued---
あとがき:
またしても1週間おいての更新となりました(汗)
これからしばらくは小説はSEEDPIA中心の更新になりそうですね(苦笑)
さて、次回ですがまたしてもB.C.F.が強襲作戦を敢行します!!
しかも今度は、ついにジェミニの出番が来るかも!?
そろそろ第1部もクライマックスに近づいてきたかもしれません!!ご期待ください☆