ファントムレイダーズに、ティアーズの偵察任務を一任させた、翌日。
アスランはいつもどおりの訓練を行おうと、部屋に足を伸ばしたのだが、この日だけはちょっと様子が違った。
「………ん?」
アスランは、今自分たちがいる部屋を見渡してみた。
すると、ルーキーメンバーの一人がいないことに気付いた。
「よう、アスラン。」
そこに、オレンジ色の髪をした一人の青年が入ってきた。
彼の名は、ハイネ・ヴェステンフルス。
ミネルバチームのメンバーの一人であり、アスランの同僚関係に当たる、兄貴分的存在だ。
「あ、ハイネ。シン・アスカって言うルーキーを見かけなかったか?」
「シン……。ああ、あの赤い目をした少年のことか?……そういや、今日は見かけてないけど…。」
すると、彼らの会話にルナマリアが割ってきた。
「シンだったら、外出してますよ。」
―――ん?……外出!?
彼女の言葉に、二人は目を軽く見開いた。
「“家族の墓参りに行く”って言ってましたよ。今日、命日に当たる日だとか……。」
彼女の言葉を聞き、ハイネが何か思い当たったかのように話し出した。
「そういや……、この前あいつと話をしたことがあるんだが、あいつ、数年前に家族を亡くしてしまったとか言ってたような…。」
「…!?ハイネ、それは本当か?」
「あぁ。何でも、“血のバレンタイン”以前に、コーディネイターを嫌うどっかのナチュラルに殺されてしまったって聞いたぜ。」
多分、あいつがブルーコスモス・ファミリーに対して、でっかい憎しみの炎を燃やしてるのは、それが原因だと思うぜ。
冷静に言い放った彼の言葉に目を見開いたアスランは、驚きを隠せなかった。
ただならぬ不安は、それが原因なのか………。
「そう言えば、シン、女の子が持つような可愛いピンクの携帯電話を、とても大事そうに持っているんですけど……。もしかするとあれは、亡くなった家族の……。」
「…そっか……。」
ゾロアシア・ワールドの市街地からさらに遠く離れた場所にある墓地・“ユニウス・セメタリーガーデン”。
シンはその入り口付近に車を止め、家族が眠る場所へと向かった。
入り口から2〜3分歩いた先に、彼の家族の墓場があった。
3つの墓前にそれぞれ花束を沿え、瞳を閉じると、彼の脳裏にかつての記憶が蘇る……。
もともとシンは、中立国・ニュートラルヴィアの住人だったが、彼の父の仕事の転勤により、このゾロアシア・ワールドに住むことになった。
ごく普通の平凡な家族として暮らしていた…はずだったが……。
悲劇は突如として訪れる。
ある日、家族や義妹とともに出かけていたとき、当時ゾロアシア・ワールドに潜んでいたブルーコスモス・ファミリーの襲撃に巻き込まれ、彼は家族とはぐれてしまった。
周囲に響き渡るブルーコスモス・ファミリーの猛攻。
悲鳴を上げて命を落とす住人たち。
そのときの彼は、恐怖のあまりうずくまるしかなかった……。
それからどのくらいの時間が流れただろうか……、彼は周辺の静けさに気付き、恐る恐る顔を上げた。
今の光景にシンは、さらに体を振るわせた。
その周囲に転がっているのは、襲撃によって銃殺された人間たちの死体だった。
「…父さん…母さん……マユ……ステラは…!?」
シンは、ゆっくりと立ち上がり、壁を伝うようにして家族を探し出した。
足に思うように力が入らず、壁にすがりながら歩くことしか、今の彼には出来なかった。
その時、目の前に何かが倒れているのを見つけた。
力を振り絞り、そこに向かうと、シンは驚愕した。
そこに倒れていたのは、彼の父親だった。
「…と……とう…さん…?!」
さらにそこから目を泳がすと、そこには母親と愛する妹の姿が。
しかも、その姿はとても痛ましく、体中に銃弾を浴びていた。
「…あ…あぁぁ…うぁ…ぁぁあ…っ…!」
シンの心が押しつぶされそうになった、そのときだった。
「…お…にい……ちゃ…ん……?」
「……っ?!」
聞き覚えがあり、かすれたような声が耳にとどき、そこに目を向けると、辛うじて目を開いていた妹の顔があった。
「マユ…!?」
足元がおぼつかないシンは、フラフラになりつつも、マユの傍まで歩み寄り、彼女の体を抱き寄せた。
「よかった……おにい…ちゃん…に…あえて……。」
「マユっ……どうして…こんな…っ……ちくしょう…っ……!!」
己の力のなさを悔やみ、涙を流し続けていたシン。
なぜ罪もなき自分たちがブルーコスモス・ファミリーに狙われなければならなかったのか。
その理由が、未だにつかめていなかった。
すると、不意に「おにいちゃん」と呼ぶ声がして、シンはマユに目を向けた。
ゆっくりと差し出された手には、彼女が大事にしていた携帯電話があった……。
「マユ……それ…!」
「おにいちゃん…これ…持ってて。」
「え…?」
「離れ離れは…嫌……だから…これ………。」
いつまでも自分たちのことを忘れないでほしい。
マユはそう言いたかったのかも知れない。
気がつけば、彼女の目じりにも一筋の雫が……。
シンは、妹の携帯電話を受け取り、涙目になりつつもマユに精一杯の笑顔を作っていた。
「ああ、大丈夫。俺たちはいつまでも一緒だよ。」
兄の言葉を受け取ったマユは、さらに続けた。
「おにい…ちゃん…。ステラと、はぐれ…ちゃっ…た。お願…い、探して……。」
どうやら逃げる途中でステラとはぐれてしまったようだ。
必死に懇願するマユに、シンはさらに涙した。
「判った…わかったから…っ…。もう、それ以上喋らないでくれっ…!」
必ず、ステラを見つけるから……、俺が絶対に…!
マユはその言葉を受け取り、最後の力を振り絞ったか、最高の笑みをシンに見せた。
「…よ…かった……。」
かすれつつも呟いたその言葉を最後に、マユは息を引き取った。
「―――!!!」
時間が経つにつれ、徐々に冷たくなっていくマユの死体を、シンは声を殺して泣き濡れたまま、強く抱きしめた。
その右手には、家族の形見となったピンク色の携帯電話が、しっかりと握られていた……。
「マユ……父さん…母さん……ごめん…っ…。」
楽しい日々なるはずだった日が、一瞬にして奪われてしまい、天涯孤独となった悲劇の少年、シン・アスカ。
その暗い出来事は、後の彼に頑丈な心の楔を作ってしまった……。
「う…ううっ…うぁぁっ…く…っ……うああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!!!」
シンはとうとう耐え切れず、妹の死体を抱えたまま泣き叫んだ。
その叫び声は、周囲に木霊していた………。
その後彼は、行方知れずとなった義妹を見つけるべく、ゾロアシア・ワールド中を探し回った。
しかし、それから数年たった今でも、その行方をつかめることがなく、迷宮入りと化してしまったのであった………。
今でも彼は、こうして家族の眠る墓へ向かうと、必ずその出来事が脳裏に過ぎり、涙するのであった……。
「父さん、母さん、マユ…。俺がエターナル・フェイスに入ったって知って、どう思っているかな……?」
シンは、まるで家族が自分の目の前に居るかのように、墓前に語りだした。
「笑っているかな?……それとも、怒っている…?」
どちらにしても俺は、これでよかったと思っている。
俺はもう一人じゃない。
アカデミー時代からの友達が出来た。
彼らと一緒に、生きていくから、安心してね。
「ステラは、まだみつかっていないけど…きっと必ず見つけてみせる!」
だから……俺のことをずっと見守っていてね。
一通りの挨拶をすませ、この場から去ろうとした、そのときだった。
「また、やってきたのかい?坊や。」
彼にとって聞き覚えのある声に反応し、振り返ると、そこにいたのは銀髪とボロボロの眼鏡をかけた女性と、ピエロのような外見のイメージをもった子供が居た。
「ロベリアさんに……サリュ…?」
銀髪の女性は、ロベリア・カルリーニ。
かつてはゾロアシア・ワールドで“シードピアの悪魔”と言う異名で恐れられた大悪党だった。
しかし、現在は裏家業から足を洗い、このセメタリーガーデン付近に人知れず、住居を構えている。
そして、ピエロのような外見を持つ子供の名は、サリュ。
シードピア・シアターハウスで名うてのマジシャン。
そんな彼も、かつてはロベリアの片腕として名をはせていた奇術師でもある。
彼女たちは、シンがエターナル・フェイスに所属する以前からの知り合いであり、旧友でもある。
二人はほぼ毎日のようにこの墓地を訪れては、散歩を楽しんでいる、いわば墓守的存在でもあるのだ。
「家族の、墓参りか…?」
「うん……。」
「そっか…。そういや、今日はあんたの家族の命日だったな……。」
シンたちは再び、家族の眠る墓に目をやった。
「聞いた話じゃ、エターナル・フェイスに入ったそうだな。以前はちっちぇガキだったのが、でかくなりやがって…☆」
ほめ言葉なのか、はたまた貶しているのかわからないような口調のロベリアに、シンは少々苦笑いした。
「ところで、訓練とかはよいのか?仲間たちが心配しておるはずだぞ。」
サリュの言葉を聞き、腕時計に目を向けると、時間は間もなく10時になるところだった。
「あっ、もうこんな時間か。隊長たちに怒られちゃうな。」
時間を確認したシンは、かるく会釈をして車へと向かった。
「それじゃ、俺はこれで。」
「こういう日でなくてもいいから、たまにはここに来てくれよ。」
「私たちも待っているからな。」
二人は、シンの車が見えなくなるまで見送った。
その直後、二人の表情が僅かながら険しくなった。
「サリュ……お前、気付いていたか?」
「お主もか。」
彼女たちはそう言って、シンが立っていた、彼の家族の墓前に目を向けた。
「どういうわけだか知らねぇが、妹さんの墓の中から魂の声が聞こえねぇぞ。」
一体どうなってやがんだ?
サリュは、シンの妹――マユ・アスカ――の墓石に自らの手を添えた。
すると、この墓石を通じて一つの手がかりをつかんだ。
「……ロベリア、もしかすると彼女の魂は、どこかで具現化されているのかも知れない…!」
「彼女が生きている……ってことなのか?」
「意味合いは違うかも知れないが…そう言う事になるかもな…。」
マユの魂が人の形となってシードピアのどこかにいる。
恐らく、兄であるシンにこのことが知れれば、とんでもないことになる。
そう確信したロベリアは、サリュに言った。
「もし何処かにいるのだとしたら……ニュートラルヴィアもしくは……ブルーコスモス・ファミリーのいる空中コロニーぐらいだろうな!」
「よし、ならば私がそこに赴き、彼女を探してくる。」
サリュは早速自らの霊力を使い、ニュートラルヴィアに向かおうとしたのだが。
「待ちな。たいした根拠もどこにもないのに、いきなりそこに向かうと言うのも、何かと思うぜ。」
「む……、それも確かに…。」
「早まる気持ちも判るが、ここはひとまず総司令に連絡して、判断を待ったほうがいいんじゃないか?」
「…うむ…仕方あるまいか……。」
相棒の言葉を聞き、僅かながら冷静さを取り戻したサリュは、ひとまず彼女に従うことにした。
ロベリアは、服の懐から携帯通信機キネマトロンを取り出し、本部につなげた。
「それにしても……、ややっこしいことになりそうだな…。」
---to be continued---
あとがき:
今回はシンの過去の記憶にスポットを当ててみました。
SEEDDESTINYの設定とは多少違うところもありますが…。(苦笑)
さて、今回の話でまたしてもNEWメンバー登場!
詳細は、スピリチュアル・キャリバーのページにて……。
次回は再び、スピリード島に焦点を当てたいと思います。
さらに、お待たせ!スピリチュアル・キャリバーのメインキャラクターのあの少女が、久しぶりの再登場です!!