Phase209 FWパニック・CONCLUSION-Another side-
傍観する記憶の果てに 〜Proof of Myself〜


…………その女性は、知らぬ間にその空間に立っていた。

ふと、まぶたを開けてみると、その視線に移る無数の本棚。

天井を見上げてもその天辺が全く見えない、謎めいた空間。

「…ここは、一体…?」

自分の見ている光景は夢か幻か、はたまた現実か…?

それすらも理解できない状況だった。

ふと、彼女の視線に二人の男の姿が映る。

60代くらいの年齢の壮年の男と、対称的に若々しい雰囲気を持つ男。

「…チェックメイト。」

「…ふむ、今回は手詰まりか…。」

記憶の本棚の住人、ハーマンとクン・ランだ。

その傍らには、その様子を見ている園崎夫妻と我望の姿もある。

「ところでハーマン、気づいているかな?」

「あぁ…、新たな客人がここを訪れたようだ。」

「……!?」

二人は女性の存在を既に感づいていたようだ。

女性の顔が少し厳つくなる。

すると、クン・ランが立ち上がる。

「“記憶の本棚”へようこそ、ご婦人。」

「……“記憶の本棚”?」

聞きなれない言葉に首をかしげる女性。

その疑問にハーマンが答える。

「君たちの生きている世界――即ち“プラズマ界”のあらゆる歴史と記憶を書き記す無限の書庫…。」 「そなたは言わば、プラズマ界の狭間とも言うべき異空間に立っているのだ…。」

世界の狭間――。

あまりにも信じられない話に、その女性は呆然としていた…。

だがちょっと待て…!?

今彼らはなんと言った?

“プラズマ界”!?

「ちょっと待ちなさい!」

「「…?」」

「私たちの住む世界って…プラズマ界って言う名前なの!?」

半ば混乱した頭で問いかけた言葉に対し、クン・ランとハーマンは平然と答える。

「そうだ。…とは言うものの、このプラズマ界自体も、無限に存在するパラレルワールドの集合体に過ぎない。」

「独自の歴史と独自の国々、そして独自の人間関係や種族、それが一つでも異なればその数だけ分岐すると言うことだ…。」

「……そんなことが…!!??」

あまりにも信じられない話だった。

パラレルワールドの存在など、空想上の産物でしかないと、今までそう信じてたのだから。

…いや、それが世の常識だったのだ。

それがここまであっさりと覆されるとは…!

「…あぁ、そういえば、お互いに名前を名乗っていなかった。」

ふと、ハーマンが口を開く。

ここまでお互いに名前を知らなかったのだ。

「私はハーマン。そして、彼はクン・ラン。この記憶の本棚の住人だ。」

それに続き、園崎たち3人も名乗りを述べる。

「私は園崎琉兵衛。この記憶の本棚の管理を行っている。」

「私はシュラウド。琉兵衛の妻よ。」

「私は我望と言う。この空間の住人だ。」

どうやら雰囲気からして悪い人というわけではなさそうだ。

「ご婦人、名前はなんと言うかな…?」

「……結城、京子…。」

一方で、女性―――結城京子の脳内は、大混乱の一途を辿りつつある。

その困惑をさらに助長させたのは―――。





「あのぉ…。」

「失礼します…。」

『!?』





その場に現れた二人の男女の存在だった。

淡い紫色の髪の青年の名は“カナタ”。

かたや藍色のお下げ髪のメガネ少女・七瀬ゆい。

二人は同じ世界の出身らしい。





「おや?新たな客人かな?」

しかし、そんな予想外の客人にも動じることなく対応するクン・ラン。

…慣れているのか、それとも習慣なのか…?







やがて、カナタとゆいの素性が少しばかり明らかになった。

二人は異次元世界“ミッドチルダ”の片隅にある“ホープキングダム”の王族とその協力者であるらしいが、いきなり謎の現象に巻き込まれ、この記憶の本棚にたどり着いたのだという。





「……パラレルワールドの存在なんて、あたしには信じられないわ。」

しかし、未だにこの状況を信じきれない京子は、二人のことを疑う。

「そんなのは、テレビゲームの中の話にして欲しいものね。」

パラレルワールドなど、空想上のものだと考えているのか…?

「ここがホントに世界の記憶を保有しているなら、“S.A.O.事件”のことについても載っているんでしょうね?」

その一言が、記憶の本棚を動かした。

―――シュババババッ!!!

「!!??」


すると、本棚の本が一斉に動き、やがて一冊の本がハーマンのもとへと舞い降りた。

「…ふむ、“剣術の記憶”か…。」

「…!?」

ハーマンはその本を開き、中身を朗読する。







“ソードアート・オンライン”―――。

稀代の天才科学者・茅場晶彦の手によって開発された、新世代のVRMMOゲームとして誕生し話題を集めるが、正式サービス開始直後、彼の突如とした暴走によって、1万人ものユーザーが電脳世界に閉じ込められ、大きな混乱を呼ぶ。

『これは、ゲームであっても遊びではない。』

彼のこの一言のもと開始されたのは、ユーザー自身のゲームオーバーが現実世界の死に直結すると言うデスゲーム。

電脳世界と言う箱庭に閉じ込められたプレイヤーたちは、最終的に約4000人と言う犠牲を払いながらも、およそ2年がかりで最終ボスを討伐し、現実世界への帰還を果たすことになる…。








「後にそれは“S.A.O.事件”と呼ばれるようになり、それは“電次元空間ヴィーナスペース”にとっての最大の電脳事件となった…。と、書いてある。」

あっさりと探し当て、しかもその中身まで大当たりの状況に、京子は目を見開く。

その上、見ず知らずの男たちにだ…。

やはり全てを知っているのだろうか…!?







―――ピカアァァッ!!!

『!?』








その瞬間、本が輝き、一つの物体が具現化された。

ライトグリーン色のUSBメモリのような謎の物体であるそれには、人間の脳を模ったシンボルマークが片方の側面に刻まれていた。

「これは…!」

「“メモリーメモリ”か!?」

ハーマンとクン・ランが意外なアイテムの登場に驚くと、そのメモリは京子に目掛けて一気に急速接近し―――。

「!!!」

――キュウゥゥンッ!!

彼女の額に刺さる!





<MEMORY>





ウィスパーボイスが周囲に響いた瞬間、その周囲が光に包まれた…!!!



















「………!!!」

気がついたとき、そこは先ほどの本棚の光景ではなかった。

周りに広がっていたのは、中世の世界観を彷彿とするファンタジックな空間。

「一体、どうなっているの…!?」

次々に起こっている不可思議な現象に戸惑う京子。

ふと、傍に人を発見し、その人に声をかけようと手を伸ばすが―――。



―――スルッ

「!?」




触れることなくすり抜けた。

「おっと!」

その影響で倒れかけた体を、カナタが支える。

「大丈夫ですか!?」

「あ…、ありがと。」

視線を向けると、ゆいとハーマンたちもいる。

「これは珍しいことになったな。」

「ここは一体、どこなの!?」

ますます戸惑ってしまった京子の質問に対して答えたのは、意外にも園崎の夫婦だった。

「ここは、“メモリーメモリ”の力によって具現化された過去の映像だ。」

「…過去の映像!?」

「ここには、あなたと関連した人物の過去が描かれているはずよ。」

“メモリーメモリ”は、プラズマ界に刻まれたあらゆる出来事の記憶を無尽蔵に記憶する特殊なメモリ。

そのメモリが誰かに突き刺されば、その者を中心とした周囲の人間たちに、メモリ内に内包されたあらゆる記憶を見せることが可能なのだ。

「……ここは、まさか…!?」

京子の脳裏で一つの可能性が示された瞬間―――。





『―――これはゲームであっても遊びではない。』

―――!?






上空から声が聞こえた。

見上げると、ローブを纏った謎の存在が頭上に現れた。

『私の名は茅場晶彦。この世界をコントロールできる唯一の存在だ。』

「……!!」

その一言で彼女は確信した。

ここはかつて自分の娘が巻き込まれた出来事だということを…。

「間違いないわ…!」

『…!?』

「ここは“ソードアート・オンライン”…、あたしの世界で物議を醸し出したバーチャルゲームよ…!!」

…そう、“剣術の記憶”と呼ばれた本の中から抽出された記憶の出来事を、彼女たちはこの目で見ているのだ…!!





<……これが、全ての始まりだった。>

「ッ!!!!」

『!!??』






一行の背後から聞こえた少女の声。

京子はその聞き覚えのある声に驚愕し、即座に振り向く。

そこには、白を基調に赤のアクセントが入った騎士の衣服を着た、ブロンドヘアの少女だった。

「あ……明日奈!!??」

「「えっ!?」」

思わず駆け寄ろうとしたが――。

「待ちなさい!」

「!?」

シュラウドに呼び止められる。

「ここはメモリーメモリの作り出した過去の光景。あの少女の姿は、そのメモリの力によって作り出された幻影に過ぎない…。本物ではないのよ。」

「………。」

しかし、皮肉にも京子はこの直後、真実を知ることになる。

メモリが生み出した、自分の娘――結城明日奈の幻影が語る、自身の過去の出来事を…。

そして、その体験を通じて学び、感じた、その本心を……。











急な出張で、お兄ちゃんがプレイするのを惜しんでいた“ソードアート・オンライン”を、無理言ってやらせてもらったその日、私はいきなりこの世界に閉じ込められてしまった。

もちろん、最初は戸惑いしかなくって、戦うことを全く知らないあたしにとって、全てが恐怖で埋め尽くされた日々が、何度も続いていた…。

一日が過ぎる度に、父さんや母さん、お兄ちゃんのこと、友達のこと、進路のこと…。

それまで考え続けていたあたしの現実が、何もかも崩れてしまいそうになって、それを何度も思い出して泣いて、後悔しかけた………。








明日奈が語る言葉と共に、その出来事がアルバムのように再生されていく。

その表情には、あせり、悲しみ、孤独、いずれにせよ、マイナスの感情が渦巻いていることが伺えた。

<…でも、そんなあたしの大きな支えになったのは…、あの人――――キリトくん。>

ふと、彼女の心を照らすかのように、一人の青年の顔が映る。

それは、娘が付き合っていると言う青年・桐ヶ谷和人の笑顔だった。







最初は、ふてぶてしくて、子供っぽいところがあるって思ってたけど、どこか憎めないところがあったし、攻略に行き急ぐあたしの心を解きほぐすような、そんな安らぎもあったの。

何度も彼と出会って、一緒に生きていくうちに、いつしか彼のことを何度も考えるようになって、いつもその笑顔があたしの脳裏に浮かんでいた。

それは、初めてこのゲームに出会えてよかったって思える瞬間でもあったの…。

それと同時に、あたしは確信した。

あたしは、この人に出会うために、あの日、ナーヴギアをかぶってここに来たんだって…!

その瞬間を、もっとも大きく実感したのは、キリトくんに告白されて、結婚したあの日…。

それが、とても嬉しかった…!

そのときに出会った、人工知能の少女・ユイちゃんを、自分たちの家族として迎え入れたのも、その優しさと暖かさを知ることが出来たから…。

そんな気がしているの…。








涙を浮かべながら笑顔で語る娘の姿に、母である京子は複雑な心持だった。

一緒に暮らしていたときには、あれほど明るい笑顔を見せたことすらなかったはずなのに…。

ゲーム世界で生きていたときの娘の顔は、これ以上ないくらいに笑顔に満ち溢れ、ひとかけらの偽りもない本当の表情を見せていた。







キリトくんの存在は、私があの2年間で生きてきた意味の全て。

そう実感できるほど、あの人の存在はあたしにとって欠かせないものだった。

だからこそ、あの人と一緒に戦って、S.A.O.をクリアすることが出来た。







目の前に広がるのは、夕焼けをバックに崩壊していく浮遊城。

記憶の本棚の歴史書に寄れば、二人の勇敢な行動によってボスが倒され、ソードアート・オンラインの存在は、その日を最後にサイバー世界から完全に消滅したとされている。

その二人が明日奈と和人の二人だということに気づくのに、時間はかからなかった。

<けれども、そんな喜びも一瞬で奪われてしまった…。>

「!?」


再び、悲しげな明日奈の言葉が聞こえ、京子の表情も強張る。

そして次の瞬間、その光景はそれまでとはまた違う、ファンタジックな世界観に変貌した。







S.A.O.をクリアしたその直後、あたしの意識は別の世界に閉じ込められた…。

アルヴヘイム・オンライン(A.L.O.)―――、あたしの父さんの会社“レクト”の子会社が立ち上げた、新たなVRMMOの世界――…。

その世界であたしが出会ったのは、A.L.O.の世界の管理者であり、“妖精王オベイロン”を名乗って行動していた、須郷伸之。

彼は、現実世界でのあたしとの婚約者関係と言う立場を利用して、それを確実なものにしようとしていた。

その奥深くで私が見たのは、あたしと同じようにこの世界に囚われていた、元S.A.O.プレイヤーたち…。

彼らはこの世界で“実験道具”として使われていた。







A.L.O.のサーバーの奥深くで見つけた巨大な部屋。

須郷はこの場所で、人間の感情や記憶を人為的にコントロールするための技術を開発しようとしていたのだ…!

もちろん、京子もその話は少なからず聞いていたが、それはニュースや新聞での話。

実際にそんなことをしていたのかすらも、気に留めることはなかった。

だが、メモリーメモリの力によって生々しく見せられたこの光景には言葉も出ず、その表情にも恐怖が伺えた……。

<須郷は、その力を使って人間の心を操ろうとしていた。その矛先は、私も例外じゃなかった…!>

「ッ!!!!」


京子の背筋がさらに凍りついた。

意に反した冒涜を、あの男が犯していたというのか…!?







あの男は、電脳世界であたしの体と心を犯し、現実世界で私の全ての純潔すらも汚そうとしていた…。

全ての感情と記憶を思いのままに支配して……!!

あたしは……こんなに怖いことを感じたことがなかった。

大好きなキリトくんの目の前で無理矢理に犯されて、現実の心と体まであの男に奪われるくらいなら……、いっそのこと、死んでしまいたいって、そう思った…。

怖くて、悲しくて、泣き叫びたいくらいに辛かった…。








今にも感情むき出しになって泣き叫びそうなくらいの娘の声に、京子は愕然として膝をついた。

愛する男の目の前で、狂気に駆られた男に強姦されてしまう。

それを自分に置き換えても苦しかった。

同じ女性として、それは非常に許しがたいこと。

京子は、自分の過ちにようやく気づいた。

自分の娘がこんなに辛い陵辱を経験していたなんて知らなかった…。

いや、そんな言葉では済まされないほどの心のダメージを、どうして気づいてあげられなかったのだろうか…。

<でも、そんな状況にさらされても、キリトくんはあきらめなかった…。>

「……!?」

<キリトくんは、最後の力を振り絞って、須郷を倒してくれた…!>

顔を上げた視線の先には、和人が須郷を倒し、明日奈を解放した瞬間がリフレインされていた。

彼女を救い出したとき、明日奈の笑顔を守りきれた安堵感からきたのか、和人の表情が少しゆがんで、彼女の胸の中で泣き崩れた。

そんな彼を抱きとめる明日奈のその顔は、母親のような静かな笑みだった。







……電脳世界で孤独になったとき、元の世界に戻りたいという逸る気持ちだったあたしの心を、キリトくんは何度も解きほぐしてくれた。

A.L.O.の世界にあたしが囚われの身になったときも、キリトくんはあきらめずにあたしのことを追い続け、助けに来てくれた。

そして……現実世界で……、本当の再会を果たせた……!!

大好きになった人の温かさというのを初めて知ることが出来たあたしは、そのときから、キリトくんのそばにずっといたいって、ずっと守りたいって、そう思うようになった。

だから、あたしは……!








その言葉を最後に、明日奈の幻影が消えた。

「明日奈…ッ…!!」

思わず、娘の名を呼んで呼び止めようとした京子だったが、その間すらもなかった…。

それから間もなく、メモリーメモリの力が消えた…………。



















――カランッ……



京子の足元に、力を使い果たしたメモリーメモリが落ちる。

…全員が、記憶の本棚に戻ってきたのだ。

「……明日奈…、あの女の子はご婦人の娘だな?」

「電脳世界での2年以上の拘束期間と言うのは、彼女にとって過酷な旅路だったな…。」

ハーマンとクン・ランは、目の当たりにした少女の出来事に関心を寄せていた。

しかし、一方で京子はひざをついてうなだれたまま震えていた…。

「…ご婦人、どうかしたかな?」

ハーマンが近寄って彼女に語りかけると…。

「私は…、何も知らなかった自分が恥ずかしい…!」

震える声で彼女は口を開いた…。





私はあの事件以来、明日奈は自分の今までの人生を後悔しているって決め付けていた…。

あの子だって、あのゲームをやらなきゃよかったって、そう思っているはずだった…。

…いいえ、そもそも私はあの子にしっかりとした理想の道を進んで欲しかった。

だけど、私がやってたことは、私自身の価値観を娘に押し付けていただけ…。

娘の進みたい道を聞こうともせずに、私の勝手な道を開かせただけ…。

結局それは私の我侭だった…。

私自身のエゴだったのよ…。







「……あの子の本心をもっと知ってあげるべきだった。なのに、私は……私は……ッ……!!!」

親として一番にしてあげることは、子供の偽りのない本心を知り、その気持ちを汲んであげること。

しかし、その本心を包み隠すことは、自分自身を苦しめること。

だが、今まで自分のやったことは全てが逆効果。

結果的に苦しませることになってしまったのだ…。

「……あなたの苦しみ、私にも理解できるわ。」

ふと、シュラウドが口を開く。

そして、琉兵衛と我望も、彼女の気持ちに共感するかのような少し悲しげな表情を見せる。

「私たちもかつて、自分の価値観を他人に押し付けて生きてきた存在。そのために、家族やその仲間である若者たちに、耐え難い苦しみを何度も与え続けてきた…。」

「挙句には、その価値観に慢心し、過信し、世界全てを恐怖にさらしかねない愚考にまで発展しかけた。だが彼らはそれに真っ向から立ち向かっていき、その考えを否定してきたんだ。」

「今思えば、私たちを止めてくれた彼らに感謝しているところさ。若い者たちには、自分の夢を貫く情熱を持って戦い抜いて欲しいからね。」

その言葉に、さらなる共感を持った者がいる。

「何か、みんなの言葉には共感できるものを感じるよ…。」

それは意外にも、カナタと言う青年だった。







僕は一時、自分が何者かすらも分からなくなるほどの記憶喪失になって、自分の叶えたい夢さえも失ってしまったことがあった。

それを思い出させるために、僕の仲間や妹が、色々と奮闘してくれたんだけど…、夢と言うのは、自分が傷ついてまで守りたいものなのかと疑ってしまい、一番愛する人に、“そんな夢なんて叶える必要はない”なんて言って、その心を傷つけてしまった…。

だけど、それは結局、僕の価値観を押し付けただけ。

僕の勝手な考えで、精神的に追い詰めてしまっていたんだ…。







記憶喪失になって、叶えたい夢すらも失い、周りの親しい人間の行為すらありがた迷惑。

おそらく、カナタにとっては悪意のないことだったかも知れない。

だがそれは、今まで親しくしてきたその人たちにとって、今まで築いていた全てが崩れるほどの大ショックだった可能性も考えられた。

「…だけど、彼女はそれを乗り越えてくれた。」

「…!?」

しかし、それは同時に自分の夢への決意を再確認するきっかけにもなっていた。

「自分で決めた夢は、自分で律する。たとえそれが苦しい道でも。彼女は、それを身をもって証明してくれた…!」

その言葉に、ゆいも同感していた。

「たとえ夢を否定されても、あきらめきれないならそれを貫けばいい。自分の夢への鍵は、自分で見つけて開くものなんだから!」

…ふと、脳裏にある場面が過ぎった。

それは、ある決意を固めた明日奈が自分をA.L.O.の世界に連れて行ったときのこと。

雪の降る森林の奥深くで思い出した、故郷の家。

明日奈だけが知っていた、先立った自分の父の、京子に対する言葉だった。



母さんは、自分たちの大切な宝物。

立派になって、色々な雑誌に載っている姿を見てとても嬉しいんだって…。

でも、いつかは母さんも疲れて、立ち止まりたくなるときが来るかもしれない…。

もしもそんなときが来たら、『帰ってこられる場所があるんだよ』って言ってあげるために、家と山を守り続けていくんだって…。




そんな言葉を思い出し、京子は再び涙を流す。

やがて、彼女は今までのことを懺悔するかのように、口を開いた…。







…思えば、私も自身の夢を貫いてここまで生きてきたはずだった。

でも、嫁いだ家系の親戚たちに見下されたせいか、次第に自分の生まれた家の貧しさすらも疎み、両親が亡くなった後、その家と山すらも躊躇いなく手放してしまった。

だけど、結局それは、親戚たちの価値観に乗っかっただけ…、価値観を押し付けられただけだった…。

そんな自分勝手なものを、娘に押し付けていたなんて……。








「私は…弱い母親だったわ…。」

夢を追いかけていくうちに積み重ねていった罪。

その過ちは、決して消えることのないもの。

「でも、もう繰り返させない…!」

だが、未来は変えられる。

人には、その力がある…!

「明日奈は私にとっての大きな宝物!あの子には、どうあっても幸せになって欲しいから…!何より、私と同じ過ちを、繰り返して欲しくないから…!!」

京子は立ち上がる…!

その胸の奥に、新たな決意を宿して…!!

「たとえ、私自身の力が、弱いものだとしても!私は…ッ…!!!!」











―――娘を守りたいッ!!!!!!



―――ピカアアァァッ!












その決意の瞬間、記憶の本棚の真上から一つの光が放たれ、それが京子の前に舞い降りる。

本の名前は『蹴球の夢』。

ある異次元世界の戦いの記録を残した書物だ。

その本が開き、中からアイテムが具現化された…!!





それは、マツボックリの画が表面に描かれた、水色の錠前型アイテムと、ジューサーを模したバックル型アイテムだった…!!!



---to be continued---


☆あとがき

209話サイドエピソードとして書いたこの場面、結果的に稀に見る大ボリュームとなってしまいました…!
今回のイメージ楽曲、アキッキーさんの案を採用したものでございます。

各所でソードアート・オンラインシリーズの各種場面を引っ張り出して書き起こした、いわば“総集編”的な位置づけとなったこのエピソード、記憶の本棚の住人たちには今まで以上の引き立て役を買ってくれたのではないでしょうか?
結城京子の正式合流までどれくらいかかるか分かりませんが、明日奈との親子共闘も展開できればいいなと思っています。








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