ブルーコスモス・ファミリーの爆破テロ事件から、一夜明けた。
てれび戦士たちはその日のこともあってか、寝不足気味であった。
しかし、そんな朝早くからパソコンの不規則な音が部屋の中に響いていた。
その音で目が覚めた愛実は、その方向を振り向いた。
そこには、いつの間に起きていたのか、卓也がノートパソコンを使い、何やら作業をこなしていた。
―――こんな朝早くから、何やっているのかしら……?
ふと、卓也は視線を感じたのか、後ろを振り向いた。
「あ、起こしちゃったね。」
「朝っぱらから何やっているのよ。」
「あの“偽者のラクス”の様子が気になってね…。エターナル・フェイスの中で彼女の知り合いの伝手がないか調べようと思っているんだ。」
卓也のパソコンのモニターには、“エターナル・フェイス”と“スターダスト・プロダクション”のホームページが別々に表示されていた。
「彼女に詳しい人がいないか調べて、その人から情報を聞き出そうってわけね。」
ふと、愛実がモニターを覗き込んだとき、ある記述に目が留まった。
「……!?…卓也、ちょっと、その彼女のプロフィールのページを開いて。」
唐突に言われて卓也はキョトンとしたが、とりあえず言われたとおりにした。
すると、彼女の見たかったものが一目でわかった。
「あっ!……もしかして、この文章?」
「そう!」
彼女のプロフィールの中に、次のような文章が記されていた。
―――実は、私には婚約者がいるんです!でも、それが誰かは………ヒ・ミ・ツ☆
卓也はその文章を見て、疑問に思った。
これまで何度かラクスと話をしたことがあるが、こんな話は聞いたことがなかった。
恋仲関係として、キラがいるという話は、小耳に挟んでいるが、“婚約者”ということとなると、また話は別件になりそうだ。
「でも、これって一体……!?」
卓也と目を合わせた愛実にも、その理由がつかめなかった。
「え?ラクスさんに婚約者がいたかもしれないだって?」
リーフ・メインブリッジにて、卓也からの通信を受け取っていたレッド隊長は、その報告を聞き、凝視した。
「しかし卓也、現に彼女にはヤマト隊長という恋仲がいるではないか。」
『俺もそういう話は聞いている。だが、それはあくまで“現状”の話だ。おそらく、何年か前に婚約者だった人がいたかも知れない。』
ちひろもさすがに疑問を感じた。
もし、これが実際に過去に会った話だとしたら……。
『レッド隊長、そちらのほうでラクスさんから何か情報を聞き出せない?』
「でもさ愛実…、それって彼女個人の話やし、もしかしたら過去の古傷に触れることもあるかも知れんぞ。」
簡単に彼女の口から話を聞くのは難しそうだ。
「レッド隊長、ここは私に任せてくれない?」
「…えっ!?でも、杏奈先生……。」
突然の杏奈からの申し出に、レッドも困惑した。
確かにこういうパターンの場合は女の子同士で会話をさせておいたほうが得策だろう。
しかし、相手も相手だ。
ラクスのあの性格から考えると、簡単には話してはくれないと思う。
「大丈夫。立場は違っても、相手は女の子。話せば分かり合える相手だわ。」
それに、もしそれが本当に過去の古傷だとするならば、なおさら。
心の傷は何日も抱え込んでいればいるほど深くなり、次第に苦しくなる。
「万が一彼女が、そういうトラウマを抱えているんだったら……。」
―――少しでもそれを分かち合いたい。
「…杏奈先生……。」
彼女の説得は一理ある。
そう考えたレッドは、杏奈の言葉を信じて決断を下した。
「よし。卓也、愛実。ラクスさんの一件に関しては杏奈先生に任せることにする。」
『それじゃ、後はよろしく!』
『何かわかったら、連絡を頂戴ね。』
そう言って卓也と愛実は通信を遮断した。
「……What?」
報告を受け取ったブライアンは、凝視した。
ファントムレイダーズの副官でもある小百合も、耳を疑った。
「間違いないの?謙二郎。」
名を呼ばれた少年は、詳細を報告した。
「はい。ティアーズの通信を傍受したところ、その会話の中に『ラクス・クラインにはヤマト隊長と言う恋仲がいる』と言う話が出てきました。」
ここは汎用潜水艇・アレクサンダー。
エターナル・フェイス特殊部隊“ファントム・レイダーズ”の活動拠点である。
メンバーたちは、船内に設けられた作戦司令室で謙二郎の報告を聞き、困惑した。
ふと、メンバーの一人が会話に入ってきた。
「それって、何かの間違いではないですか?聴いた話では、彼女には婚約者であるザラ隊長がいるって言ってましたよね?」
アスランとラクスの婚約者と言う間柄は、エターナル・フェイスの中でも話題を呼んでいる。
デュランダル司令も認めるほどの仲の良さだ。
「その話が本当ならば、ティアーズの話と何らかの矛盾があるってことじゃないですか?」
「遼希の言うとおりだ。何かひっかかる……。」
ブライアンの脳裏に、ある予感が過ぎった。
もしかしたら、ラクスに酷似した女性がこの国の中にいる可能性がある。
それが本当だとすれば、いずれはエターナル・フェイスにとっての脅威になりえない。
そんな予感が生まれていた。
「リーダー、ティアーズに動きが出ました。」
メンバーの一人、江莉が向こうの動きをキャッチした。
「どうした?」
「ティアーズのメンバーの一人と思われる女の子が、どこかに向かっています。」
おそらく、“ラクス・クライン”に会うのであろう。
そう予測したブライアンは、指示を送った。
「よし。遼希、梨生菜。君たちでその子の行方を探ってくれ。」
「イエッサー!」
アプリリウス銀座郊外に存在する“マティウスヒルズ”。
ライガーシールズの拠点・GLBにも程近いこの場所は、ニュートラルヴィア有数の住宅地。
その小高い丘の上に、“平和の歌姫”ラクス・クラインの邸宅は存在する。
「…もらった地図の通りに来てみれば……。」
『これはオイラでも予想外ッス…。』
杏奈はラビと共に目的地に到着して、唖然とした。
それもそのはず。
クライン邸は、このニュートラルヴィアの中でも極わずかしかない大豪邸。
所有している敷地の面積は、およそ2000坪と言う超巨大スペースなのだ。
さて、どうやって入ればいいかと模索していた、そのときだった。
「あら?レインボー・ガーディアンズのアンナさんではないですか?」
―――!?
背後から聞こえたやさしい口調。
突然の不意打ちに、さすがの二人もドキッとした。
振り返ると、そこに声の持ち主である女の子が二人の女の子を従えてきた。
そして、彼女の周りには小さな球体ロボットが楽しそうに動き回っていた。
「ラ、ラクスさん!?いつのまに!?」
『ビックリしたッス〜…。』
「あらあら、驚かせてしまったみたいですね…、どうもすみません…。」
あくまでもマイペースな彼女。
キラさんもよくこんな彼女と付き合えるなあと、杏奈は少々気が抜けてしまった。
「ところでアンナさん、そちらのウサギさんは?」
『ああ、この子はあたしたちのナビゲーションロボットの“ラビ”。』
「あなたがラクスさんッスね?みんなから話は聴いているッスよ☆」
ラビは微笑んで、挨拶代わりに、頭のプロペラをクルクルと回してアピールして見せた。
「ところで、あなたがたがどうしてここに?」
「ちょっとね、ラクスさんと話がしたいなって思って、つい来ちゃった☆」
杏奈のかわいらしい言葉に、ラクスは満面の笑みを見せた。
「まあ!そうでしたの!今日はお休みでしたので、わたくし丁度暇だったところなのですよ。」
『グッドタイミングッスね☆』
会話を弾ませながら、ラクスは杏奈とラビを連れて屋敷に案内した。
屋敷の一角にあるラクスの部屋に案内された二人。
しかし、そこだけの広さでも十分圧巻するほどだった。
畳60枚はしけるであろう広大なこの部屋。
全体的に白と薄ピンクで統一されており、落ち着いた雰囲気を持っていた。
「ラクスさんらしいと言えば、ラクスさんらしいわね、この部屋。」
通された先のこの部屋でくつろいていると、ラクスが扉を開けて入ってきた。
その傍らには、全高の低い小型4足歩行ロボットがいた。
背中にはティーセット一式が置かれていた。
そのロボットはラクスのあとを着いていった。
「お待たせしました、ハーブティを持ってまいりました。」
ロボットはラクスの座っているチェアの傍についた。
「このペットロボット、オカピって言いますの。私の幼少の頃からのお友達ですのよ。」
テーブルにティーセットを広げながら、徐になぜかペットロボットの話を始めた。
「でも、最近ちょっと調子が悪いんです。時々動かなくなったりして……。」
すると、同じロボットの性か、ラビが唐突に反応しオカピに近寄った。
無言でオカピをじっと見つめるラビ。
杏奈とラクスは何がどうなっているかわからなかった。
『ん〜…?内部の電子機器が少し狂っているみたいっスね…。』
ラビの瞳の中にオカピの電子配線図の情報網が次々と入り込んできた。
オカピの内部構造はそう複雑なものでもなさそうだった。
『今度、業者さんに頼んでメンテナンスを受けてもらったほうがいいかも知れないっスね。』
するとなぜかラクスは苦笑いのような表情を見せ、意味深な言葉を口にした。
「…あなたのその言葉、昔の婚約者と同じみたいですわね。」
―――…婚約者!?
聞こうと思っていたキーワードを耳にした杏奈とラクスは、目を見開いた。
『あの〜、昔の婚約者ってどういう事っスか?』
数分の沈黙。
ラクスはその言葉に答えることはなかった。
うつむくばかりで……………。
その出来事は、言いたくない記憶なのだろうか。
「………引きずっているんですか?」
「…えっ?」
口を開いた杏奈の言葉に、ラクスは顔を上げた。
「その元婚約者と暮らしていたときの、何か痛い思い出でも引きずっているんですか…?」
ラクスの表情がより一層険しくなった。
“婚約者だった人との苦い思い出”。
それは彼女にとってのNGワードだった。
言い知れぬ息苦しさを感じた彼女は、居ても立ってもいられなったのか、不意に立ち上がった。
「それを知って何になるのですか?」
声を低くして冷たく言い放った言葉。
杏奈は少しびびった。
穏やかなイメージを持つ彼女の裏の顔を見たような雰囲気に駆られた。
「私のプライベートなところに、要らない詮索をかけないでください。」
言い切ったラクスは自室から立ち去ろうとしたが、すぐにその歩みは杏奈の一括で止められた。
「そうやって過去から逃げ続けるんですか!?あなたは!!」
全ての過去から逃げる―――。
“古傷”を背負っているものが大抵はそうするパターン。
だが、忘れようとすればするほどだんだん切り離せなくなってくるものだってでてくるはずだ。
「わたくしは…逃げてなど―――。」
「逃げているわ。」
ラクスの否定の言葉をピシャリと遮った杏奈。
彼女は立ち上がって後ろから歩み寄り、ラクスの手をとってそれを硬く握った。
「誰でも辛い記憶を持っているのは当たり前。自分だけ特別なんて絶対無い。」
辛い記憶を抱え込んだまま生きていったら、自分自身を苦しめてやがて自分を壊してしまう。
「全部話して。自分から逃げちゃダメ!辛かったならそう言って!それとも―――。」
―――あたしじゃ役に立たないの…?
悲しそうな杏奈の顔を見た途端、自分の心すらも苦しくなったラクス。
役不足なわけ、ない……。
ラクスは首を横に振った。
「だったら、あなたの話を聞かせて?辛い記憶は全部話してくれれば……、きっと気分も軽くなれるわ。」
杏奈の微笑んだ表情、それを見たラクスの脳裏に、ある人物の顔が過ぎった。
それは、幼少の頃に先立たれた母親と、数年前に他界した最愛の父の顔だった。
今の今まで自分の本来の感情を捨てて、キラたちライガーシールズと共に戦ってきたラクス。
自分の心を理解してくれる存在はキラだけかと思ってた。
でも、ここにもう一人理解してくれる人がいる。
そう思うと、もはや抑えていた感情を吐き出さずにはいられなかった。
ラクスはその感情のままに、杏奈の肩口に顔を埋めた。
次第に彼女の口から嗚咽が漏れ始めた。
「…っ……アンナさん…ごめんなさい…っ……冷たく…あたってしまって…っ……!」
杏奈自身には彼女の泣き顔は見えないけれど、その心の痛みは少しずつ伝わってきていた。
あえて言葉はそれ以上交わさず、自分の腕で彼女のピンク色の長い髪を撫でてあげた杏奈。
その優しさは、キラの時とほとんど同じなのかもしれない……。
やがて、彼女の口からゆっくりと語られる過去……。
それはティアーズがこの世界に来る数年前に遡る。
平和の歌姫と呼ばれたラクスの知られざる過去、そして一人の婚約者との記憶が、紐解かれる………………。
---to be continued---
あとがき:
う〜ん、ホントは一気にラクスの回想まで行きたかったのですが……。
うまくその辺がまとまりきれず、ここで一区切りとなってしまいました……。
おまけに今回はおよそ1ヶ月ぶりの長編更新ですよ。
最近、更新が超低迷していますけれど、なんとか頑張ります!
さて、次回はラクスの回想一本でやってみようと思います。
SEEDとなるべくかぶらないようにしないとな……。