君とのキオク

Story 3
大好きだから




にぎやかな大都会の片隅に、その喫茶店はひっそりとたたずんでいた。

限られた人間しか知ることのない、小さなバーカウンター喫茶。

そこは、まるで今時の学生たちの心に答えるかのような雰囲気を持つ、一種のパラレルワールドのような場所だった……。


シンはステラの手を引っ張り、その店のドアを開けた。

カランカラン―――――。

ベルの音色と共に入った店内。

その音に反応したのか、新聞を読んでいた店員の一人がシンたちに目を向けた。

「おや?ただでさえお客さんは珍しいのに、新規さんなんて久しぶりだな。」

茶色を基調に、赤のアクセントを付けた洋服に身を包んだ40代の男は、見慣れないお客さんに目を丸くした。

しかし、ひとまず仕事を続けることにした。

「いらっしゃい、『B-Label』へようこそ。僕は店長のセイコー。二人はひょっとして、カップルかな?」

「は、はい。知り合いの紹介でここに来たのですが…。」

「だったら、ここは初めてだね。まぁ、ちょっとせまいけど、ゆっくりしていってよ。」

二人はバーカウンターに腰掛けて、店内の様子を見てみた。

その様子は、一昔前の時代にタイムスリップしたような独特の雰囲気を持っていた。

「時間も頃合だし、何か食事でも作る?これ、メニューね。」

差し出されたメニューを開いてみると、そこにあったのは一般的なレストランにありそうなものから、
おつまみ系と言った一品料理もそろっていた。

ふと、その時お店の奥から二人の女の子が現れた。

見た感じは、双子だった。

一人の服装はオレンジを、もう一人はピンク色を基調をしている。

まるで、どこかの西部劇に出てきそうな感じの洋服だった。

「おお、ユウコにアイコ!丁度よかった。久しぶりのお客さんだよ!」

「ええっ?ホント久しぶりじゃない、お客さんって!ほら、アイコ。準備準備!」

「うん!急ご、急ご!」

あの二人のあわてぶりを見る限り、どうやらこのお店、ここしばらくの間お客さんは来ていなかったみたいだ。

「あの、セイコーさん。今の二人は…?」

「うちの店員で、オレンジ色の服を着た女の子がウェイトレス担当のユウコ。ピンク色の服を着た女の子が軽食調理担当のアイコ。
あれでも双子の姉妹なんだ。」

ただ、見てのとおり性格が正反対だけどな、とセイコーが苦笑い交じりに言った。

そんな彼らを見つつ、二人はオーダーをとることにした。

「ステラ、どれにする?」

「………これがいい。」

ステラがメニューを決めた直後、エプロンをして身支度を整えたアイコが出てきた。

二人の注文を覗いて見ると、そこにはかわいらしい彩が添えられたオムライスだった。

「OK!じゃあ君たちのために、特別なオムライスを作ってあげよう!アイコ、よろしく☆」

「まっかせて!」

注文を受けたアイコは早速キッチンに入り、調理を開始した。

入れ替わるようにユウコがバーカウンターに入った。

「料理が出来るまでの間に、君たちにぴったりの“ノンアルコールカクテル”を作ってあげる☆ちょっと待ってて。」

そういってユウコは冷蔵庫の中から彼らにぴったりのカクテルに合いそうなソフトドリンクを選び始めた。

ふとその時、シンがこんな言葉を………。

「何だか、ステラがもうすぐ転校するのが、嘘のようだな…この雰囲気。」

やぶから棒に言い出した彼の言葉に、その場にいた全員が目を向けた。

「……どうしたんだい、いきなり。」

「…実は、彼女、ステラって言うんですけど…もうすぐ、転校するんです。だから、せめて最後の思い出作りをしてあげたいと思って……。」

愛しい彼からの突然の告白に、ステラも目を疑った。

なぜ唐突に彼がデートに誘ったのか、その理由が彼女にようやく判った。

確かに自分はもうすぐシンとお別れ。

もう二度と会えないことは覚悟していたつもりでも、やはり離れ離れは辛かった。

「…シン…っ…!」

彼の気遣いと、今まで彼と過ごしてきた思い出の日々が、絶えずステラの頭の中で駆け巡った。

「……よし。いい曲のレコードがある。かけてあげるよ。」

セイコーはそういい、店の中のレコードの棚を探り、目的のレコードを見つけた。

そのジャケットには、“THE BITTLES 『君とのキオク』”と書かれてあった。

セイコーはそのレコードを手に取り、再生機にセットした。

針がレコードの溝を引っかき、音が流れ出した。



君より早く学校に来た

昨日のままの黒板 折れたチョーク

空っぽのロッカー 白んだ空

いつもと同じ 変わることのない 普通の教室


このまえ喋った

君との記憶もまるで 風景のように

こんな幸せを どんな風に描いてみようか?

君とじゃれてる時は気づかない

そんなときも教えてくれた 僕のともだち



どこか切ない雰囲気を持つメロディーに、数々の温かい想いが込められていた歌詞。

まさに今の二人の心の情景を、見事に表していたかのように思えた。

「……ステラ、心が熱くなってくる…っ…。」

いつしか彼女の目じりに一筋の涙が。

シンも、その曲に込められた思いを受け止めて感激したのか、涙が溢れてきた。

「何だか、俺すごく感激して……。」

セイコーはそんな二人の様子を見て、微笑を浮かべた。

「ねぇ二人とも。確かに恋人やクラスメートと分かれると言うことは、辛いことだと思う。」

僕たちも以前に、同じような経験をしたから、その気持ちはわかる。

「だけどね、その絆は永遠に続くはずだよ。ずっとさよならをするわけじゃないんだ。離れていても、心は繋がっている。」

今までの生活の一つ一つが思い出となり、自分たちが生きていくための力になる。

「それを大切にしていくことが、今の君たちの役目じゃないかと、僕は思うよ。」

「ええ。俺の義理の兄さんも、同じようなことを言ってました。でも、心でわかってもやっぱり寂しくて……。」

そんな時、何を考えたかステラがいきなりシンの片腕に抱きついた。

「!?ス、ステラ…?」

二人の様子を見ていたユウコは、作ったドリンクを二人のところへ置き、その場を後にした。

セイコーも、「ここは二人だけにしておくか。」と考え、その場を去った。

二人きりになった店内は、火が消えたように静まり返っていた……。

シンは、自分の腕を強くかき抱くステラを見て、彼もまた彼女の体を抱き寄せた。

その手は、震えていた……。

ややあって、ステラが重い口をあけた。

「……ステラ、シンからたからもの、いっぱいもらった…。」

「…?」

唐突な彼女の言葉に、シンは目を丸くした。

彼女の顔をよく見ると、その瞼に涙の雫が……。

「だから、わかるの…。シン、ステラをよんだのか…。ステラ、とてもうれしいの…っ…!」

シンといっしょにいた日々……とてもたのしかった…。

徐々に涙ぐんできたステラに、シンも胸が苦しくなるような感情に押された。

彼の真紅の瞳にも、一筋の涙が流れた。

「だから…っ……わすれないで…ステラのこと…。…っ…ぜったい、わすれないで……いつまでも……。」

涙を流し続けて、「わすれないで…」と懇願する愛しい彼女。

幼さが残る言葉ではあったが、シンには一つ一つの彼女の言葉を理解していた。

もはやシンは、こみあげてくる感情を抑えきれず、無我夢中でステラを抱き寄せた。

「…っ……ステラっ…もういいから……それ以上は…っ…言わなくていいから…っ…!」

自分をかき抱く力が強すぎるのか、それともこの温かさが切ないのか、ステラの顔はすでに涙で濡れていた。

「君のその言葉で、俺は何度も君に支えられた……守ってくれた…っ……。だから…俺も……嬉しいんだ…!」

二人の脳裏に、初めてであったときの頃からの数々の思い出が横切る。

その一つ一つには、どんな宝石にも勝る最高の輝きを誇っていた。

「だから…君も、俺のこと忘れないでくれ……。たとえ、何年経っても…俺のことだけは、絶対に忘れないでくれ……っ…!」

ひしひしと伝わってくる彼の想い。

ステラも声を上げて泣くことを我慢することは、出来なかった。

「…っ…シン…っ……。」

「我慢するなよ、ステラ。今だけ、思い切り泣いてもいいから…っ…俺が全部、受け止めてやるから…っ…!!」

「…っ…う…ひっく……うぅっ…っ…ああああぁぁぁぁぁ…!!!」

とうとう耐え切れず、ステラはシンの胸の中で号泣した。

まるで、幼い子供が父親に泣きじゃくるかのように……。

その涙の川は、ステラの心で流れ続けていた。

そしてシンもまた声をかみ殺し、少女をかき抱いたまま泣いた。



――――やっぱり…ステラ……シンがだいすき…っ…!!さよならなんて……イヤだよぉっ…!!!



--to be continued--




☆あとがき
ここで登場しました、今回のゲスト出演者!!ちなみに、役柄を簡単に説明しますとこんな感じ。
セイコー(いとうせいこう):バーラウンジ喫茶『B-Label』の店長。
ユウコ(FLIP FLAP):『B-Label』のウェイトレス。
アイコ(FLIP FLAP):『B-Label』の軽食担当。
つながりは『NHK「天才ビットくん」の出演者』。(わかるわけないか。(苦笑))

(歌詞一部引用:B-Label『君とのキオク(THE BITTLES)』)








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