最後のデートを終えて数日、時が経つのは早く、あっという間に引越しの日の前日となった。
その日の放課後、ステラはまだ教室に居た。
1年の間慣れ親しんだ教室とも、今日でお別れ。
名残惜しむかのように、自分が今日まで座っていた席についた。
見渡すと、いつもの教室の風景。
しかし、彼女の目には笑って話を盛り上げてくれた友達の幻影が映っていた。
「みんな……今までありがとう……っ…。」
呟くように口にした言葉。
その中に、1年間の暖かい想いが込められていた。
目じりに再び涙を浮かべつつ荷物をまとめ始めた。
―――ガラッ!
「ステラッ!!!」
突然聞こえた自分を呼ぶ声。
ビクッとしたステラは、ゆっくりと振り返った。
「………シ…ン…!!」
そこには、服装が若干乱れていて、肩で息をするシンの姿が。
「どう…して…!?」
あまりにも唐突過ぎる登場に、彼女の目は揺れていた。
シンは制服をそのままに、一歩一歩ゆっくりとステラのもとへと歩み寄った。
「どうしても、最後に、ステラに会いたくて、大急ぎで走ってきたんだ……。」
そう言ってシンはステラを抱き寄せた。
「ステラ……転校しても、俺たちはずっと一緒だ。俺も君も、心の中にいるって思えば、それでいいからな。」
「…うん…っ…!」
すると、抱きしめられていた腕が解かれた。
シンは、「じゃあな。」と言いながら、その瞳を悲しげに伏せ、その場を後にしようとした。
だが、ステラの“本当の気持ちを彼に伝えたい”と言う一心が、彼女の体を突き動かした。
この想いを伝えるのは、今しかない!
そう思った彼女は、精一杯の声で彼を呼んだ。
――――シンッ!!!!!
「えっ!!?」
彼女の声に気付き、振り向く前に、シンは背中からステラに抱きしめられた。
「……!?」
「…っ…行かないで、シン…!」
すると今度はステラからシンを強引に振り向かせた。
何が起こるかとシンは口を開こうとしたが、すぐにそれがふさがれた。
「!!!!」
ステラはシンの唇に自分のを重ねた。
大胆な上に、唐突かつ積極的な彼女の姿勢に、シンも驚きに目を見開くばかりだった。
声を出そうにも、口が動かない。
彼女のキスは、想像以上に深く、シンも翻弄されそうになった。
ようやく彼女は離れたものの、彼はステラの積極性に驚きを隠せなかった。
さらに、この土壇場で彼女の口から発せられた言葉。
それにはシンとの1年間の想いが、溢れんばかりに込められていた。
「ステラ……シンがだいすきなのっ…!!!」
「!!!!!」
顔を真っ赤にして、目じりに涙を浮かべつつも、もうじき別れる彼に一生懸命に思いを伝えたい。
その一心で彼女は、それを言葉に込めた。
「さいしょは、こういう気持ち…ぜんぜんわからなかった…。でも、わかったの。やっときがついたの!
それにステラ、むねのなかがギュって苦しくて…。」
必死に自分の思いを、しゃべれる言葉だけで伝えようとしている、幼い彼女。
しかし、彼女の真意が判ったシンは、涙の筋を浮かべながら、彼女を抱き寄せた。
「ありがとうっ…!その言葉だけでも、とても嬉しいよ…ステラ…っ…!」
戸惑ったステラも、その想いに答えるために、自らの腕をシンの背中に回す。
シンは彼女を抱いたまま、耳元でささやいた。
「一つ、教えてあげる。」
シンが、ややあって紡いだ言葉。
それは、ステラが少しずつ大人になってきていると言う証でもあった。
「ステラの今のその気持ちを、『恋』って言うんだよ。」
「…こ…い…?」
「そうだよ。人は誰でも、誰かを好きになったりすることもあるんだよ。」
友達やクラスメートとは違った、特別な呼び方。
「それを、『恋人』って言うんだよ。」
「じゃあ……、ステラはシンの…こいびと?」
「うん。……君も少しずつ、大人になってきたね…っ。」
シンはガールフレンドの成長を心から喜び、自分の顔をステラの肩口に埋めた。
そして、彼はステラの耳元で愛の告白を囁いた。
「ステラ……。俺も、君のことが好きだよ…。」
その言霊にステラは目を見開き、彼の瞳を見つめた。
シンの赤い瞳には、温かい灯が灯っているように感じた。
それと同時に彼女の胸の中にも、暖かい灯火が………。
「ねえ、シン……。」
「……なんだい?」
「ステラの、シンがだいすきっていうこの気持ち……。ほかにどういえば、いいの?」
ステラはおそらく、違う表現のしかたを知りたいようだった。
シンは微笑んで、耳元でささやいた。
「“愛してる”…だよ。」
彼女自身が望んでいた言葉。
それを教えられたステラは、精一杯の気持ちで、彼に告白した。
「ステラ……シンのこと………あいしてる…っ…!!」
「……俺も、ステラを愛してるよ…!」
そして二人は、誰にも気付かれることもないまま、どちらからともなく、口付けを交わした。
ステラはついに、大好きな彼に自分の思いを伝えられた。
その嬉しさで、胸は熱くなっていった。
―――ステラのきもち……シンに言えて…よかった……っ…!!
別れの日、シンは一人でステラのもとへと向かった。
彼がついたときには、彼女が丁度車に乗って出発しようとしていたときだった。
ステラはシンの存在に気付いたのか、悲しそうに微笑み、彼の傍へ歩み寄った。
「……行くね、シン…。」
「ステラ……。」
言葉に出来ない心の痛みに耐え切れず、どちらからともなく抱き合った。
この今までの数日間、自分たちは何度泣いただろうか……。
それすらも忘れてしまったくらいに、二人の心はとても辛かったのだ。
「てがみ…書いてね…っ…。ステラも、いっぱい書く…。」
「ステラ……っ…!俺もたくさん書くよ…っ…!」
お互いに抱き合い続け、しばらくしたあと、シンはポケットの中から、家族の形見のピンク色の携帯電話を取り出した。
「この携帯電話……持っていってくれ。」
そう言ってシンは、それをステラの手に握らせた。
突然の行為に、ステラは目を見開いた。
「でも、これ……シンのだいじなもの…。」
「ああ。だからこそ、君に持っていてほしいんだ。」
いつかきっと、また会える日が来るかもしれないから、これを持っていて欲しいんだ。
俺たちは、また会えるさ、必ず。
「だから、約束のしるしに、それを持っていってくれ。」
シンとの約束。
それが何年後に果たせるかどうかは、彼女自身にもわからなかった。
でも、ずっとさよならをするわけではない。
そう思ったステラは、自分の首にかけていた貝殻のペンダントをシンにかけた。
「じゃあこれ、ステラだと思ってとっておいて。ステラからの約束のしるし。」
そのペンダントについている貝殻は、シンとステラが海岸に行った時に彼女がひろったものだった。
彼女は、とにかく海が一番大好きだった。
その姿がとても無邪気だったと言う記憶が、彼の脳裏で鮮やかに蘇っていた。
シンはそれを受け取り、微笑んで彼女を抱き寄せた。
「ありがとう、ステラ。このペンダント、大事にするよ。」
「…うん…っ……ステラも…シンのけいたい……ずっと、持ってるから……っ…!」
ステラもまた、想いに答えるために彼の背に腕を回した。
そして、お互いから“約束の口付け”を交わした。
その後、ステラとその家族を乗せた車は、この街を後にした。
シンはそれが消えてゆくまで見守っていた。
すると、彼の背後に義兄の姿があった。
偶然彼らの様子を見ていたのだろうか、そのアメジストの瞳は、悲しそうな雰囲気をだしていた………。
「お別れは、済んだ?」
「ああ。」
少しだけ彼との距離を置き、話をする。
シンは気配に気付いたのか、振り向かずに言葉を紡いでいた。
「でも、いつまでも泣いてばかりはいられないっ!いつかきっと、ステラと再開する日が来るまで、俺は絶対泣かない!!」
はきはきとした義弟の言葉に、キラも一安心した。
彼の傍まで歩み寄り、ゆっくりと自分の手をシンの肩に添えた。
「大丈夫。必ず、また会えるよ。」
君とステラちゃんが、少しずつ大人になっていく、そのときまでね。
きっと………。
穏やかに笑ったキラの表情に、シンも微笑んだ。
その後、二人はステラとの別れを惜しみつつ、家路についた。
―――ステラ、またいつか、会おうなっ!
そしてそれから2年後、高校を無事に卒業し大学生となった二人は、思い出の海岸で運命的な再開を果たすことになる。
しかし、それはまた別のお話として、とっておくとしよう……。
--The End--
☆あとがき
中編小説最終章、ようやくUP出来ました〜。
今回はなんにせよ、今回はA4原稿12枚弱あったからね……。
おまけに展開が大幅にありすぎたかも………(汗)。