1年に1度の聖なる夜―――。
それは、世界中の人々の心を和ませ、子供たちに夢を与える日でもあった。
無論、戦争によって親元を失ってしまった子供たちにとっても、夢のような日であった。
赤道付近、オーブ連合首長国本土・オノゴロ島の近海に位置する、外れの孤島。
そこには、盲目の伝道師・マルキオの伝道所があった。
ブレイク・ザ・ワールドの開戦による戦争が終結してからと言うもの、キラとラクスは再びこの島に身を寄せていた。
当然、キラの義母であるカリダも、彼らに付き添いこの島に来ていた。
そして、かつてオノゴロ島での悲劇を味わい、こうして再びオーブで暮らすことになった少年もまた、この島に身を寄せた。
戦争が完全に終結して、すでに5〜6ヶ月。
人々は元の平和な時を取り戻しつつあった。
『デスティニープラン』には頼らず、自分の力で未来の道を切り開こうとしていると言う、普段どおりといっても過言ではない時の流れを………。
その最中に迎えた、クリスマス。
オーブ・オノゴロ島首都では、華やかなクリスマスカラーに染まっていた。
シンはその市街地の中で車を走らせていた。
その座席には、クリスマスパーティを行うための材料や、戦災孤児たちにプレゼントするおもちゃなどが、ぎっしりと詰まっていた。
彼は戦争が終結した後キラたちに促され、ルナマリアやメイリンとともにオーブに亡命する決意を固めた。
『力ばかりに魅了されては未来は切り開けない。』
心を揺り動かしたキラの言葉に、シンは胸を打たれた。
その雰囲気はまさに、自分の兄が現われたかのような感覚だった。
その日以来、シンとキラはお互いを信頼しあう存在となっていった。
シンは時々彼のことを『兄さん』と呼んで慕っていることもあり、本当の兄弟のような関係も芽生えてきていた。
今でも過去の傷跡は抱えているものの、少しずつ、でも確実にそれを癒し続けていた。
「えっと……ほかに買い忘れているものはないかな……?」
シンは近くにあったパーキングスペースに車を止め、懐にあったメモ用紙を取り出し、荷物の確認をしていた。
「…それにしても、今までこんな馬鹿でかい買い物はしたことないな…。一つ一つ確認するのに時間がかかりそうだ……。」
車の後部座席のみならず、トランクの中にもぎっしり詰まっていたパーティの材料や子供たちのプレゼント用のおもちゃの山。
それは今にも溢れそうな雰囲気だった。
そんな大荷物の買い忘れがないかどうかを、シンは間違えることなく確認していた。
全部確認し終えた時点で、買い忘れが発覚した。
「いっけね!ケーキを買い忘れてた!」
「……あれ?シンじゃない!」
彼が叫んだ直後に聞こえた懐かしい声。
振り返ると、そこにいたのはかつてのミネルバクルーだった。
「ルナマリア!メイリンも!」
彼女たちもまた、シンたちと同様にオーブに身を寄せていた。
現在彼女たちはこの市街地の一角のマンションで、二人で暮らしている。
しかし、今日みたいにシンに出会うことなど、戦争以来滅多になかった。
「久しぶり!って言うか、どうしたのよ、その荷物。」
「えっ…ああ。これはさ、キラさんたちとクリスマスパーティをやるからさ、その買出し。」
“クリスマスパーティの買出し”とはいえ、この荷物の量は二人にとっては異常だった。
「でも、それっていくらなんでも多すぎない?」
「しょうがないだろ、メイリン!キラさんたちの家には戦災孤児たちも暮らしているんだからさ。」
戦災孤児と聞いて、メイリンも納得した。
「ところでさ、何を買い忘れたの?」
「あっ!そうだ!クリスマスケーキだ!早くしないと……。」
「ケーキだったら、あたしたちもこれからそこのお店に行こうと思ってたところだけど……一緒に行く?」
「えっ!ホント?」
二人の姉妹は笑顔で頷いた。
運がいいことに、シンが車を止めていた場所は丁度ケーキ屋に程近い場所だったのだ。
「ありがとう、二人とも!!」
「それと、わたしたちも今からキラさんたちの所にお邪魔しちゃおうかな?」
「あたしたちも丁度クリスマスパーティをやりたかったところだったしね☆」
「来てくれるのか!?キラさんたちも喜ぶよ、きっと!」
3人は満面の笑みでいそいそとケーキ屋へと向かった。
夕暮れも近づいたころ、キラはいつものように家のベンチで海を眺めていた。
その時、一隻の中型のモーターボートがこちらに近づいてきた。
それに気付いたキラがゆっくりと立ち上がり、海岸の近くまで歩み寄った。
エンジン音に気付いたのか、ラクスとカリダも外に出た。
そしてそのモーターボートは海岸すれすれで止まった。
すると、中からシンが降りてきた。
「すみません、キラさん!遅れました!」
「シン!随分遅かったんだね。」
「いや……クリスマスケーキを選ぶのに時間かかってしまって…。」
すると、キラの背後からラクスとカリダがやってきた。
それと同時に、ルナマリアとメイリンもボートから降りてきた。
「お帰りなさい、シン。」
「ただいま戻りました、伯母さん。」
「ラクスさま〜、あたしたちもお邪魔しま〜す☆」
「まぁ…!ルナマリアさんとメイリンさんも来てくださったのですか?」
「市街地でシンと偶然あったものですから。」
その時、マルキオ導師と戦災孤児たちが徐々に集まってきた。
子供たちはシンが帰ってきたのを確認すると、全員で寄ってきた。
「おにいちゃん、お帰り!!」
「待ってたよ!おにいちゃん!」
「おっととと…、はいはい。今帰ったからな。」
その光景を見ていたルナマリアたちは、微笑を浮かべた。
「あれぇ?シンったら、すっかり子供たちの人気者ね。」
そんな独り言を呟きながら、彼女たちは荷物を降ろし始めていた。
キラやカリダも手伝っていた。
「それにしても、随分たくさん買ったんだね。」
キラは今回の荷物の多さに、苦笑いを浮かべた。
「わたしたちもここまでたくさん買っているとは思わなかったもので……ねぇ、お姉ちゃん。」
「ホント。シンって計画性あるのかしら………。」
「フフフッ。今年は、今まで以上ににぎやかなパーティになりそうですね…。」
ラクスは荷物運びを手伝いながら、シンの顔を見つめた。
その笑顔は、太陽のようにキラキラと輝いていた………。
その晩、野外で行われた、いつもよりにぎやかで豪華なクリスマスパーティ。
もちろん、ルナマリアやメイリンも準備を手伝ってくれた。
パーティ中には、マルキオ導師も参加してくれたお陰で、とてもいい雰囲気が出た。
豪華な料理が並べられ、それらのテーブルには、シンたち3人が見つけた個性豊かなクリスマスケーキが4つも飾られていた。
その分、子供たちは大喜びだった。
しかし、さらに子供たちを喜ばせたのは、シンがオーブの市街地で見つけてきた色とりどりのおもちゃの数々だった。
ぬいぐるみ、ミニカー、ゲーム関連など、どれも今時の子供たちにぴったりのものばかりだった。
そして子供たちの分のプレゼントが終わったところで、シンが何かの箱を取り出したかと思ったら、それをラクスに差し出した。
「これ、アスランさんから預かってきました。“ラクスにこれを渡してくれ”って。」
「えっ?アスランから?」
「ええ。市街地のデパートで偶然会って、この箱を手渡されたんです。」
旧友からの突然のクリスマスプレゼントに、ラクスも思わず目を見開いた。
彼女はシンの手からその箱を受け取り、リボンを解いた。
すると中に入っていたのは、どこかで見たことのあるようなアクアマリン色の球体のペットロボットだった。
「まぁ…!!これはハロじゃありませんこと!?」
ラクスはそれを手にとり、手際がいいようにスイッチを入れると、どこかで聞いたような口調でしゃべった。
「HARO!HARO!Nice to meet you Lacus!!」
「えっ!?…ラクス…このしゃべりかた…!!」
この英語混じりのしゃべり方、明らかに今は亡きミーアが持っていたハロの面影を重ねていた。
あまりの偶然にラクスも感激し、口を手で被ったまま目じりに涙をためたまま笑顔を浮かべた。
「アスラン…っ……最高のプレゼントを…ありがとうございます…!」
一言そう紡ぎ、もらったばかりのハロを胸に抱き、しばらくしてそのハロをピンクちゃんたちのところに行かせた。
他のハロたちや、ミーアの形見である朱色のハロも仲間が増えたことに喜んでおり、ラクスの周りをまわり続けていた。
その光景を見ていたシンとキラも、思わず顔が綻んだ。
この日のパーティは、夜遅くまで賑わった…………。
1年に1度のパーティが終了した後、ルナマリアとメイリンはその余韻に浸りながらオノゴロ本島へと帰っていった。
そして、ラクスはハロたちや子供たち、カリダ、マルキオ導師らと眠りについた。
しかしなぜかシンだけは起きていて、夜の海をじっと眺めていた。
海を見ているとなぜか、あの女の子を思い出す。
幼い雰囲気をもち、自分に好意を抱いていた、金色の髪とワインレッドの瞳を持つ少女。
今頃彼女は、天国で自分たちのことを見守っていてくれているだろうか………。
そんなことを思っていたとき、背後から気配がした。
振り向くとそこには、自分の兄とも言うべき存在が居た。
「キラさん。」
名を呼ばれた彼は、シンの傍まで歩み寄り、その場に腰掛けた。
「ふぅ…、やっと子供たちが寝付いたよ。」
「相当興奮してたんですね。」
「うん。みんなプレゼントがとても嬉しかったみたいで。」
「へへ…。苦労した甲斐があったよ。」
シンが笑みを浮かべたその時、キラが手に持っていた箱をシンに差し出した。
その箱には、スカイブルーのリボンできれいに結ばれていた。
「えっ……?」
「これ……僕から、クリスマスプレゼント。」
そう言われてシンは目を見開いた。
「俺に……くれるんですか?」
「うん…、多分気に入ってくれると思うけど……。」
キラは苦笑いを浮かべたままそう言った。
シンは、ゆっくりとその箱を受け取り、リボンを解いた。
中に入っていたのは、キラのペットロボットのトリィと全く同じ系統のペットロボットだった。
唯一違ったのはその体の色。
キラのトリィが緑なのに対して、このトリィはスカイブルーの体をもっていた。
その上、このトリィの首元をよく見てみると、貝殻の絵柄が描かれていたのだ。
絵柄を見つけたシンの瞳はさらに見開かれ、そのままキラを見つめた。
「そのトリィ、僕が自分で作ってみたんだ。君が言っていた『ステラ』っていう女の子をイメージしてみたんだ。」
予想だにしていなかった、彼からのとっておきのプレゼント。
まるでステラの意識が、このロボットの中に宿ったような感覚だった。
今までもらったプレゼントの中でも、飛び切り最高のものをもらったシンは、目じりに涙をためつつも笑顔を浮かべ、
キラの胸にゆっくりと倒れこむように抱きついた。
「俺……こんなに嬉しくなったことなんて…滅多にないよ…っ……。今日は今までの中で最高のクリスマスだった…っ……
本当に……、本当にありがとう…っ……兄さん…っ…!」
弟分である彼の言葉を最後まで聞き届けたキラは笑顔を浮かべ、彼をそっと抱き寄せ、耳元でささやいた。
「僕にとって、君が僕の“兄弟”としていてくれていることが、君からのクリスマスプレゼントだよ……。」……と。
囁きながらキラは、シンの髪を撫で続けた。
“兄”からの温かみに包まれ、最高の言葉をもらったシンは、涙を流しながら、耳元で言葉を紡いだ。
「うんっ……。たとえ、血がつながってなくても…キラはずっと…俺にとっての“兄さん”だよ……!これからも……!」
「…ありがとう、シン……。」
その時、オーブの星空に一筋の流れ星が流れた…。
流れ星はいつしか流星雨となり、夜空をさらに華やかにさせた。
それはきっと、空の上で彼らを見守っている少女からの、彼らに送るプレゼントなのかもしれない……。
二人の心に、輝く星を……。
そして、この話を読んでくれているみんなの心にも、輝く星を……。
Merry Christmas!!
--End--
☆あとがき
クリスマス記念小説第3弾、今回のイメージソングは、平井堅の「POP STAR」です。
今回は「Emotional Recovery」からリンクするもう一つの話として書き上げました。
リンク性としてはこっちのほうが高いかな?
…にしても、今回は異常なまでに出演者も多かったし、最後辺りでまたもキラシンとなってしまいました。
でも、ほのぼの系に仕上がったし…結果オーライかな?