君がくれた奇蹟





気が付けば、俺は見知らぬ場所に居た。

見渡す限りの草原、どこまでも続く空。

すると、どこかで懐かしい声が聞こえた。

「ウフフ……。」

無邪気なその笑い声に、俺は反応してゆっくりと振り返った。

そこにいたのは……………先立ってしまった、俺のたった一人の妹だった。

くるくると舞い踊っていた妹は、俺に気付いたのか一瞬動きを止め、俺の元へと駆け寄った。

そして、勢いよく俺に抱きついた。

「お兄ちゃん!」

夢なのか現実なのかもわからず、俺は困惑していた。

恐る恐るその手を、なびいている髪に添えた。

やわらかいこの感触を実感した俺は胸が熱くなり、思わずその手で妹を抱きしめた。

「…ッ…マユ…!!」

「…お兄ちゃん…会いたかった……。」

マユの温かい手が俺の背に回され、俺はさらにマユをきつく抱きしめた。

泣きたかったのかもしれない、俺の瞼が次第に熱くなっていった。

「お兄ちゃん……マユはね、お兄ちゃんに会いに来ただけじゃないの……。」

大事なことを言いにきたんだよ……マユにとって、とても大事なこと。

唐突な妹の言葉に、俺の目は大きく見開かれた。

しかし、その次に紡がれた言葉で、俺はさらに目を見開くことになった。

「マユね………お兄ちゃんにプレゼントを持ってきたの。」

「……プレゼント?」

それは何だい?

そう聞いてみた途端、マユの口から意味深な発言が飛び出した。

「そのプレゼントはね、お兄ちゃんの大事な人のところへ送ってあるの…。」

―――大事な人?俺の?

そのときは、俺にはその言葉の意味がつかめなかった。

「プレゼントが何かは、教えて上げられないけど……理由はすぐにわかる。」

お兄ちゃん、マユからの最後のプレゼントを受け取って。

そして、マユやお母さんたちの代わりに、いつまでも元気でね……。

そう言ってマユの姿は消えた……。




「……ん…う〜ん…。」

シンが目をさますと、自分はモルゲンレーテ社の中にいた。

仕事をしている最中、いつの間にかうたたねしていたらしい……。

そして気が付けば、時計は夕方の5時になろうとしていたところだった。

周辺を見渡すと、そこには自分以外ほとんど誰もいなかった。

「やばっ!」

そう叫んでいそいそと帰宅の準備をしていた時、不意に後ろのドアが開いた。

入ってきたのは、シンの上司だった。

「あっ、エリカさん!」

「シンくん、やっと起きたのね。」

いつまで寝てたのよ。

叱責され苦笑いを浮かべたシン。

だが、その束の間、彼女の口から予想だにしない言葉が飛び出した。

「でも、今は奥さんがあの状態だし、怒る暇もないわね…。」

「……えっ?…ステラが、どうかしたんですか?」

そう言ったシンは、ステラの最近の容態を思い出していた。

「…そう言えばココ最近、熱が出ていたこともあったし、食事もまともにとってなかったような……。」

それに最近、トイレに駆け込む回数が少しずつ増えてきているような……。

独り言のようなシンの言葉を聞いたエリカは、本題に切り出した。

「実はね、そのステラちゃん、今キラくんとラクスさんの付き添いで病院にいっているところなのよ。」

「ええっ!?どうしてまた!?」

「解らないわ…。もしシンを見かけたらこのことを伝えてくださいって、キラくんが言ってたわ。」

とにかく、あなたステラちゃんの夫でしょ?傍についてあげなさい。

エリカの言葉を受け取り頷いたシンは、そのまま部屋を飛び出して、駐車場に止めてあった車を走らせ、病院へと向かった。



病院の総合受付の入り口に、キラが待っていた。

シンは入り口前の駐車スペースに車を止め、キラと合流した。

「シン!待ってたよ。」

「キラさん、ステラは?」

「今、ラクスが付き添ってくれている。こっちだよ!」

キラはシンを誘導して、ステラとラクスが居る病室に向かった。


その病室の前では、ラクスがいかにも心配そうな表情でドアの先を見つめていた。

そこにシンとキラが到着した。

「キラ!シンさんも!」

「ラクスさん、ステラは…?」

「今、こちらの病室ですけれども……もうこちらに入られて5分は経つのですが、未だに………。」

そうして彼らがそわそわしてさらに待つこと、10分………。

病室の扉の向こうから一人の医者が出てきた。

「ステラさんの旦那様は、どちらで…。」

「俺…ですけど……何か?」

すると医者は笑顔を見せて、シンの手を取って強く握り締めるなりこう言った。


「おめでとうございます。」


「えっ?」

シンにはその意味がつかめなかったのかもしれないが、キラとラクスの二人はすぐさま察知し、これ以上ない笑顔を浮かべた。

「ねえ、シン…。これってもしかして……!!」

「お医者様、ひょっとして、ステラさんの体の中に新しい命が…!!」

「左様にございます。現在3ヶ月の状態です。」

シンはもちろん、ステラですらも信じられなかった事実。

なんと、二人の間に子供が出来たのだ。

「本当に、私でもこんな奇蹟は初めてです。」

医者が言うには、コーディネイターとナチュラルの間に子供が出来ることなど考えがたかったことだと言う。

それ以前にステラは戦時中には地球連合の強化人間として育てられてきたこともあり、無理矢理コーディネイターに近い遺伝子を組み込まれてきた。

そして戦場で、生体CPUとして動かされ、道具として生かされていた。

その後遺症なども残っている恐れもあって、子供を作れる確率は限りなく0%に近い状態だったらしい。

シンとステラは、その常識を見事に覆し、新たな歴史を作り出したのだ。

予想だにもしなかった嬉しい出来事に、シンは言葉に出来ないほどの感動を覚えていた。

医者に案内され、シンはステラの下へと向かった。

そこには、新しい命が宿っていると言うことをいち早く知らされて、微笑を浮かべたステラの姿があった。

「……シン…ッ…!」

自分が母親になったことを喜んでいるのだろうか、ステラの瞳から一筋の涙が。

それを見たシンは、ますます彼女を愛しく思い、ゆっくりと手を差し伸べた。

「…おいで…ステラ。」

ステラはゆっくりと立ち上がり、彼のもとへと歩み寄った。

至近距離で絡まりあった視線、それが今の二人となっては、抱き合う合図ともなっていた。

二人の胸はこの言葉に出来ないほどの嬉しさで一杯になっていた。

お互いに優しく、そして強く抱きしめる二人。

ついに二人は、本当の意味での家族になろうとしていたのだ。

「シン……ステラ……嬉しい…っ…!……やっと…家族になれる……。」

「…うんっ…俺も、嬉しいよ…ステラ……っ…!」

あまりの嬉しさに、二人は言葉をつないでいくのがやっとの状態だった。

二人に起こった小さな奇蹟に、キラとラクスの二人もまた感激の涙を浮かべていた。

ふと、シンは夢の中で出会った妹の言葉を思い出していた。


『マユね………お兄ちゃんにプレゼントを持ってきたの。』

…えっ……まさか……。

『そのプレゼントはね、お兄ちゃんの大事な人のところへ送ってあるの…。』

まさか、プレゼントって…………こういうことだったのか…!


「そうだったんだ……!」

独り言のような言葉を聞いたステラは、首を傾げた。

「……どうしたの?」

シンは距離をおき、ステラの目を見つめた。

「ステラ……、きっとその赤ちゃんは、俺の妹が送ってきてくれたプレゼントだと思うんだ。」

「…マユちゃんが…?」

「俺、夢を見てたんだ。夢の中でマユに会って、そしてそいつが、俺にプレゼントを持ってきたって…!」

その話を聞いたキラとラクスも、笑みを浮かべた。

こんな奇蹟もあるんだということを、改めて実感したのだ。

「シン……もしかするとその新しい命は、君の妹が生まれ変わった姿なのかもしれないよ。」

「マユの、生まれ変わり?」

「多分、君の夢の中にその妹が出てきたのは、“自分はもうすぐ君の子供として生まれ変わるよ”って言いたかったんじゃないかな?」

だから、きっと最後にもう一度だけ、君に会いに来たのだと思うよ。

「たとえ自分たちの住む世界は異なろうとも、二度と逢えなくなってしまおうとも、その心はいつまでもあなたと共にある。」

マユさんは、そういうメッセージを残していったのではないかと、私は思います。

それはまさに、マユが二人にくれた奇蹟の贈り物だった。

二人の言葉を聞いたステラは、ますます笑みを浮かべてシンにゆっくりと抱きついた。

「マユちゃんに、ありがとうって言おう……?」

「…そうだね……。」

二人は抱き合いながら、あの世へと旅立っていったマユに心の中で感謝した。

キラとラクスは、そんな二人の新たな幸せを心から祝福した。



数ヵ月後二人はキラとラクスの推測どおり、シンの妹、マユ・アスカの生き写しの女の子を授かることになる。

しかし、それはまた別のお話。

願わくば、種族関係を越えて結ばれた二人の未来に、幸多からんことを……………。


--End--



☆あとがき:
ステラ追悼企画の終了間際に投稿したシンステ妊娠ネタ短編小説。
企画終了に伴い、改めてこちらに掲載いたしました!

ちなみに、企画主催者曰く『企画サイトの大団円とも言うべきすばらしい小説』と絶賛しておりました☆
『もしステラが生きていて子供を作っていたとしたら…?』
そんな些細な考えから生まれたこの捏造小説、皆さんはいかがでしょうか?








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