アイドル――――。
それは、夢見る女の子たちの全ての憧れ。
しかし、芸能界は実力の世界。
その頂点に立てるのは、ただ一人。
これは、芸能界の頂点・トップアイドルを夢見る女の子たちの物語である……。
ここは、最近頭角を現しつつある芸能プロダクションの一つ・“765(ナムコ)プロダクション”。
本社の会議室では、敏腕プロデューサーの中川空(なかがわ・そら)を中心に、所属アイドルたちが全員集まっていた。
その彼女の目の前には、きりっとした表情を見せる、3人の女の子が…。
「いよいよ、明日ね……。」
「はい、アイドル・アルティメイト、決勝戦!」
『アイドル・アルティメイト(IU)』―――。
それは、文字通り、芸能界最強のトップアイドルを決定する、数多くの大会の中でも最もシビアなもの。
特に、その決勝戦ともなれば実力伯仲、アイドルランクにして“Sランク”の称号を持つものの中の、さらに限られた選ばれたものでなければ、その舞台には立てない。
そんなIUの決勝大会には、合計6名が進出。
うち三名が、この765プロの所属アイドルと言うのだから、すごいものである。
「しかし、あんたたち、よくここまで頑張ったわね、春香、千早、雪歩。」
「「「はい!」」」
天海春香(あまみ・はるか)、如月千早(きさらぎ・ちはや)、萩原雪歩(はぎわら・ゆきほ)。
彼女たち3人は今回の準決勝において、数多のアイドルたちと共に参戦。
想像を超えたハイレベルな争いの末、3人とも決勝進出を決めたのである。
「でも、油断は出来ないわ!3人とも、ここまできたら優勝を目指して、これまでで最高のパフォーマンスを見せなさい!あんたたちなら出来るわ!私は、あなたたちを信じてる!」
「はい、プロデューサーさん!もう私たちに、怖いものなんてないです!」
「私たちは、今までも自分を信じて、ここまで勝ち上がったのですから…!」
「落ちてしまったみんなのためにも…最後の戦い、全力を尽くします!」
3人の背後には、同じ765プロの仲間たちが。
彼女たちも今回のIUに出場したのだが、惜しくも途中で敗退してしまった者たち。
この決勝大会、3人のそれぞれの双肩には、仲間たちからの期待もかかっているのである。
しかし、そのプレッシャーをも乗り越えてこそ、真のアイドルと言えるのだ。
「よぉし!よく言った!さ、明日は大事な日なんだし、今日はもう遅いから、明日に備えて寝ておきなさい。みんなも明日は765プロ総出で応援に行くから、遅刻しちゃダメよ!」
『はい!お疲れ様でした!』
春香たちがそれぞれ自宅についた頃、時刻はPM8:30、そろそろ作業終了時間だ。
空が荷物をまとめると―――。
「先輩、一緒に帰りましょうか?」
後輩である徳井ダイスケが声をかけてきた。
「えぇ。たまにはいいわ。」
その帰り道、空はダイスケに話しかけてきた。
「……ダイスケ、どう思う?」
「…え?何がです?」
「961プロのこと。」
その名を聞き、ダイスケも少し表情を引き締めた。
961(クロイ)プロとは、765プロのライバルとも言うべき大手プロダクション。
プロデューサーと言う存在をあえて持たず、全ての活動をアイドル自身にやらせていると言う異色の存在。
さらに、そのプロダクションの社長・黒井崇男(くろい・たかお)の“孤独こそが強さを生む”と言う信念の元、他のプロダクションとの交流は極力抑えている。
また、黒井自身は765プロダクションに対して敵愾心を抱いており、事あるたびに彼らに嫌がらせを仕掛けてくるなど、空としても非常に不愉快な存在となりつつある。
「あの社長の性格はともかくとして、実力は本物ですよ…。明日の決勝、想像以上に審査が困難を極めると思いますよ…。」
しかし、所属するアイドルの実力は本物。
実際、今回のIUにおいても、向こうに所属するアイドル3名が、765プロ共々決勝進出を果たしている。
つまり、決勝戦は真の意味での765プロ対961プロの全面対決ということになったのである。
「それに、向こうには美希もいるしね…。」
そう、実はどういう因果か、もともと765プロの所属だったはずの星井美希(ほしい・みき)すらも961プロのアイドルとして今回の決勝に進出しているのだ。
「自分としては、彼女と決勝で争うって言うのは、正直、気が引けると言いますか……。」
「まぁ、仕方が無いわよ。こうなった以上、今の彼女はライバル、割り切って、やるしかないわ。」
「……」
ダイスケとしては気乗りのしないところではあるが……、しかたがないかもしれない…。
「!」
「?ダイスケ、どうし―――。」
「先輩、こっちへ!」
「え、わっ!?」
何かを見つけるや否や、ダイスケはいきなり空の手を引いて物陰に隠れた。
「どうしたんだよ、ダイスケ?!」
「しーっ!静かにしてください。」
「……?」
何か指差すダイスケ。
こっそり見てみろ、と言うことか?
空は、気付かれないようにこっそりと目を覗かせた。
その視線の先には――――。
「!」
「あれって、美希ちゃん、ですよね?」
「それに、傍にいるのは貴音と、我那覇?」
そう、961プロの“Project Fairy”の3人、星井美希、我那覇響(がなは・ひびき)、四条貴音(しじょう・たかね)だ。
どうやらこんな遅くまで仕事に打ち込んでいたようだが、どうも様子がおかしい……。
それに、よく見ると、貴音が泣いているような……。
「ぐすん……っ…、わたくしは…、もう、…っ…つらい…。」
「なぁ、もう泣くなよ、貴音…。」
「……。」
心配する響の傍らで、悲しそうな表情で貴音を見つめる美希。
「故郷からの期待と、黒井殿からの厳しいお言葉…。これ以上、わたくしたちに…っ…何を望むと言うのでしょう…。」
いかに実力派のアイドルとはいえ、彼女も一人の女の子。
彼女の体にのしかかる様々なプレッシャーは、日に日に増していた。
「貴音…、あたしたちだってすっごくつらいんだよ…。でも、勝てばいいだけの話じゃねぇか!」
「でも、もし私たちが負けてしまえば……、私たちは3人そろって、クビになってしまう…。」
「だから、負けることばっかり考えんなよ!まだそう決まったわけじゃないんだから!な?」
必死に笑顔を振る舞い、泣き崩れる貴音を支える響。
しばらくして、3人は立ち上がり、帰り道についた。
その傍で、一度立ち止まり、別の方向へ視線を向ける美希。
彼女の視線の先には、“自分が本来いるべき場所”=765プロのあるビルが映っていた……。
(…プロデューサーさん……ミキ…どうしたらいいの……?)
答えてくれる相手もなく、一人、どこかでみんなと一緒にいる“仲間”に心の声を送るその表情は、悲しみに満ちて、今にも泣きそうな雰囲気だった…。
3人の姿が見えなくなると、ダイスケと空がようやく物陰から姿を見せた。
「先輩、なんか、非常にシリアスな雰囲気でしたね…、それに、負けたらクビになるって…!?」
「多分、『明日のIU、誰か一人が優勝できなかったら、3人まとめてクビ』と言うことでしょうね。」
「……!」
ここまで追い詰められている3人の少女に対する、これ以上ない極度のプレッシャー。
これが黒井社長の活動方針の一つだとでも言うのならば……。
「あのキザ男…、一度殴り倒しておかないと気が済まないわ!!!」
明日の最終決戦、いずれにせよ最後の最後まで見届けなければならなくなったようだ……!!!
―――コンコン。
「どうぞ。」
某所のとある部屋、ドアのノックの後に下りた許可。
扉を開け、一人の男が入ってくる。
「副社長。」
「ご苦労様。それで、例の“署名”は?」
「はい、役員会に提出、“例の件”も、役員の満場一致で承認されました。」
「そう…。」
これであとは、明日、“彼”にこの沙汰を伝えるのを待つのみ…。
「専務。明日のIU、僕も観に行くよ。どうせ、あの人も向かうことだろうし。」
「では、お供いたします。」
「それに―――。」
―――あの人たちも来ることだしね……。
アイドルアルティメイト・決勝大会当日、PM00:00――――。
決勝戦開演、1時間前―――。
決勝戦は、幕張メッセ特設会場を舞台とした公開オーディション形式。
今回は一般のお客様も招き、その方々による一般投票と、審査員の投票を合計した結果で、最終決戦は争われる。
真のトップアイドルが誰かを見定めるためには、一般のお客様から見た目も重要視される。
ファンの心をどれだけ掴み、そして、その期待にどれだけ応えられることが出来るか。
まさに、真のトップアイドルを見極めるに相応しい、絶好の舞台が整えられていた。
765プロ控え室―――。
そこでは、リハーサルを済ませ、出番を待つ春香、千早、雪歩の3人が控えていた。
ちなみに、今回の3人の衣装は、以下の通り。
春香
・衣装→Cool&Sexy “キングオブパール360”
・アクセサリー→“星のイヤリング(HEAD)”、“蝶のブローチ(BODY)”
“翡翠の腕輪(HAND)”、“ミサンガアンクル(LEG)”
千早
・衣装→Cute&Girly “フローラルチェッカー”
・アクセサリー→“三日月ヘアバンド(HEAD)”、“勾玉ネックレス(BODY)”
“音符のリストバンド(HAND)”、“宝石アンクル(LEG)”
雪歩
・衣装→Cosmic&Funny “ドットユニバース”
・アクセサリー→“アイマスヘッドホン(HEAD)”、“フェアリーの羽(BODY)”
“銀の腕輪(HAND)”、“虹色アンクル(LEG)”
空がそれぞれの楽曲のイメージの中で、悩みに悩んだ末に決めた衣装チョイスだ。
本番では、これを着て舞台に臨む。
「あと1時間で、決勝大会の開演……。」
「うぅ〜、緊張してきました〜…。」
「勝てるかな〜…。」
さすがにプレッシャーが大きいのか、3人の体は震え上がっていた。
しかし、そんな緊張感を一気にぶち破ったのは―――。
―――………バタバタバタバタ
ドアの外からの慌しい駆け足の音と共に突然現れた―――。
―――バタンッ!!!
「おい765プロ!」
我那覇響の開口一番だった。
「うひゃっ!!??」
突然の来訪に、全員がびっくりした。
ちなみに、その背後には美希の姿もあった。
「ビックリしたわね……って、我那覇!?」
「響ちゃん!?どうしたの、血相変えて!?」
「どうしたもこうしたもねぇよ!貴音がどこ行ったか知らねぇか!!??」
―――え???
突発的な発言に全員が間抜けな声を上げた。
しかし、彼女のことを憧れる雪歩は違っていた。
「四条さんが、どうかしたんですか!?」
「実は、1時間ほど前から、“外に出てくる”って言ったっきり、全然戻ってきてなくて…。それを知った黒井社長もカンカンに怒っててさ…。」
この決勝戦直前の大事なときに!!!??
「それに、もう、時間が無いんだ…!会場のスタッフと実行委員の話じゃ、万が一このまま何十分も貴音を見つけられない場合は、最悪の場合、強制失格にさせられるそうなんだ!」
――――!!!!!!!!
ライバルプロダクションに干渉は許されないとはいえ、これは非常事態!
「ぷ、プロデューサー!」
雪歩の切実な言葉を合図に、空が腰を上げた。
「みんな、開演直前のところ悪いけど、手分けして貴音を探すわよ!協力してくれる!?」
『はい!!』
一斉に全員が控え室を飛び出していった。
それぞれが手分けして、心当たりのある場所を徹底的に探し続けた。
しかし、一向に貴音の姿はない。
結局、元いた場所に全員が集まってしまった。
「はぁ、はぁ、プロデューサー、四条さん、いましたか?」
「ううん、こっちも見つかってないわ……。」
「ちくしょう…、いったいどこ行っちまったんだ……。」
「……あれ?」
ふと、美希の視線の先に、関係者の通用口が映った。
その扉の奥には、関係者のための休憩スペースが設けられており、簡易的なテーブルやベンチ、自動販売機が置かれている。
そしてそこには、青い衣服を纏った銀色のロングヘアの少女が疲れきったかのような表情のまま、倒れ付すかのように座っていて………って!!!??
「もしかしてっ!!!!」
「えっ!!??」
美希が突然外へと飛び出した。
その彼女の向かう先にいた一人の少女。
「四条さんっ!!!!」
「貴音っ!!!」
その姿を確認した雪歩と響がそのあとを追い、空がそれに続く。
そして、春香、千早もその後に続く。
「はぁ…はぁ…。」
疲労が相当たまっていたのか、貴音はほとんど動くことが出来なかった。
「四条さんっ!」
「!!」
聞き覚えのある声で覚醒するまでは。
「あ、あなた様方は…!!」
顔を起こすと、そこには響と美希、さらには765プロの雪歩、春香、千早の3人と、プロデューサーの空がいた。
「大丈夫!?かなり気分が悪そうだけど……。」
「いえ、ご心配には及びません。大分、楽になりましたから…。」
「…そう、ですか…?」
見る限りでは、とてもそうには思えないのだが……。
「貴音、決勝戦の開演まで残り時間がもう無いわ。このままだと、最悪の場合、強制失格になるかもしれないの。…立てる?…もしなんだったら、私がおぶっていくけど…。」
その空の言葉に対し、貴音はゆっくりと首を横に振った。
「わたくしは…、歩けません…。怖くて……。」
「え?」
「どういう、ことですか?」
貴音の目じりに涙が浮かんだかと思うと、これまでの辛さに耐え切れなくなったのか、彼女の本音が次々にあふれ出した。
「わたくしは、負けるわけにはいきません。ですが…、今日こそは、負けるかもしれない……。そうすれば……、故郷の期待も、全て裏切ってしまう…っ…。」
「四条さん……。」
「実を言いますと…、この1週間、何度も何度も、IUで負ける夢を見て目を覚ましていました…。その夢の光景を、何度も思い出すたびに……胸が苦しくて……とても…怖くて…、うう…っ…。」
人知れず抱え込んでいた、高貴な少女の孤独と言う苦しみ。
度重なるトップアイドルへのプレッシャー。
誰にも告白することの出来ない、辛さと悲しさ。
彼女の胸の奥に何度も溜め込んできていたその負の感情が、最悪の形で暴発してしまったのだ……。
しかし、そんな彼女の手を優しく包み込むぬくもりがあった。
これまで、彼女に対して強い憧れを抱いていた、怖がりな少女・雪歩だった。
「四条さん、私も以前は…ううん、きっと今でも、“怖い”と言う気持ちを抱いています。」
「え……?」
雪歩の言葉が、頑丈な鎖で縛られていた貴音の心を、解き放っていく……。
「私だけじゃありません。765プロのみんながきっと、あなたと同じ気持ちを抱いています。でも、そんなときでも支えてくれたのが、今まで私たちと一緒に頑張ってきた、プロデューサーでした。」
雪歩の複雑な心境の目線が、空に向けられた。
「プロデューサーがいつでも、私たちのことを“頑張れ”って応援してくれたから、私たちはここまで来れたんです。」
「雪歩……。」
「それに、私は四条さんにも、色々と勇気付けられたんです。だから……だから…っ…。」
少しだけ涙声になりつつも、はっきりと言葉をつむいだ。
「今度は、私が四条さんを勇気付けてあげたい…っ…!」
「……雪歩殿…!」
雪歩のその優しい手が、震えていた貴音の手をゆっくりと握り締めた。
「転んでしまった人の手助けをするくらいなら、私にだって出来ます。だから…もし私でよければ、私の手を握り返してください。」
胸の奥に刻まれていた孤独と言う楔。
それを解き放ったのは、雪歩という少女の、心のぬくもりだった。
貴音は、少女の手をゆっくりと握り返し、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとうございます、雪歩殿…。今の私なら、どこへでも歩けそうな気がします…!」
「えへへ…良かったです。」
どうやら、これで決勝戦への問題はなさそうだ。
「雪歩、グッジョブ!意外とやるじゃない!」
「へへ…ありがとうございます☆」
「さあ、いよいよ最後の決戦よ!雪歩、千早、春香、心の準備はいいわね!?」
『はいっ!!!』
向き合った3組のライバルたちは、改めて決勝戦への所信を表明した。
「雪歩殿、決勝戦にて、わたくしのお相手をしていただけますか?最大にして、最愛のライバルとして…!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
“強い泣き虫の女の子”となった2人は、改めて握手を交わしあい―――
「美希、親友として、ライバルとして、この決勝戦で、全力を尽くすわ!」
「オッケー、千早!臨むところだよ!」
プライドの高い少女たちが、互いに宣戦布告をし合い―――。
「春香!全力でかかってきな!これが、最後の勝負だ!!」
「わたしも負けないわよ、響ちゃん!」
本当の意味での“太陽のジェラシー”をぶつけ合う女の子2人も、改めて健闘を誓い合った。
それを見届けた彼女――中川空に出来ることはただ一つ。
765プロのアイドルたちの最初のファンとして、3人の全力を出せるよう精一杯応援してあげることだ…!!
--to be continued--
☆あとがき
サイバーワールドクロニクルとしては、久しぶりの暑中見舞いSS!
しかも『アイドルマスターSP』シリーズでメインとなっている“アイドル・アルティメイト”にスポットを当ててみました!
さて、このSS、実はクロスオーバー小説として取り扱っているのですが、次のエピソードからその絡みが本格的になってきますよ!
どんなキャラが登場するのでしょうか!?