1年に1度の聖なる夜。
それは恋人たちにとっては、さらにお互いの愛を深め合う絶好の機会でもあった。
そして、今日もまた一人の青年がその想いを、愛する人に告白する………。
赤道付近にあり、年中暑さが続くオーブ連合首長国。
この島の中心都市でも、この日だけのイルミネーションがいたるところに広がっていた。
戦争が終結を向かえ、人々も徐々に平和な時を取り戻しつつある傾向にあるのか、今年は特に華やかだった。
そのオーブの市街地の一角。
一人寂しく歩いている少年が居た。
「……はぁ…。」
シンは、先の大戦のトラウマがまだ残っていた。
いや、その過去は捨てたはずだったのに、忘れたくても忘れられなかった…。
目の前で家族を失い、大戦中にはステラを失い、そして最終的に生き残った。
自分は何一つ守りきれて居ない………。
そんな後悔が、今でも残っていた……。
「…こんな自分が…一緒にクリスマスを祝っていいはずが、ないよな……。」
シンはその悔やみをまだ抱えていて、ため息混じりにそんな言葉を漏らしていた。
その目には、枯れていなかった涙がたまっていた。
今でも瞳を閉じるたびに、ステラが死んでしまったときがまざまざと蘇る。
雪が降りしきるベルリンで、訪れてしまった悪夢。
『シン……すき………。』
その一言を言い残し、息を引き取った彼女。
シンにとって、あの悲劇ほどイヤで印象に残る出来事は、ほとんどなかった……。
記憶の中で何度もフラッシュバックするあの出来事。
シンはそれを振り払うように、何度も何度も首を振った。
しかし、それが消えることは決してなかった。
もはや彼の心は、あのときのベルリンのように冷え切っていた。
そうしているうちにシンは、市街地を抜けて、片隅にある小さな公園に来ていた。
彼の目には見えなかったが、その公園には、クリスマスを過ごすカップルが点々といた。
おもむろにベンチに座ると、数分と経たずに、彼の口から嗚咽が漏れ始めていた。
「…っ……う…うっ……。」
一人きりのクリスマス……。
それはとても寂しいもの。
そう考えると、その涙は堰を切ったように止まらなかった。
「…う…ぁぁっ……っ……ぅくっ…っ…。」
そうやって泣き続けていた、その時。
なにやら肩に温かい感触が走った。
突然来た温もりに、ビクッとしたシンは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳に映ったのは、赤紫の髪とアメジストに似た輝きの瞳を持つ女の子の顔だった。
「…ル…ナ……ッ…。」
シンの今の表情を見たのか、ルナマリアは悲痛な面持ちで彼の顔を見ていた。
「シン……また、泣いてたの…?」
「え…っ、あ…こ…これは……。」
どういった言葉を返せばいいか困惑していたシンに、ルナマリアは躊躇いもなく彼を優しく抱き寄せた。
「…まだ、戦争での後悔が残っているのね…。ほんとにもう…。」
「…ッ…ルナには、関係ないだろ…。頼むから……一人にさせてくれ…っ…!」
必死に紡がれた否定の言葉に、ルナマリアは首を横に振った。
「ほっとけないわよ……シンは優柔不断な性格だから…。泣きたかったら、我慢しなくていいから……。」
「でも…。」
「あのときだって、あたしのことを大事に思ってくれたんでしょ?だったら、今度はあたしが傍に居てあげるから……ね…?」
言いながら、シンを抱きしめる力を込めたルナマリア。
凍てついた心を溶かしてくれる温かい心に、シンは我慢できなかった。
彼はルナマリアにすがりつき、嗚咽を漏らしたまま静かに泣き続けた。
「…ホントは寂しかったんだ…でも、戦争で家族も、ステラも、守りきれなかった…。
もしまたどこかで戦争がはじまったら…ルナのことも守りきれないかもしれないんだ…っ…。だから、俺はっ……!」
シンを抱きしめながら、ルナマリアは彼の心の痛みともとれる言葉を聞いていた。
戦争でのトラウマ……それは自分での悔やみきれない後悔を意味する…。
「誰かと一緒にクリスマスを祝うことが出来ないって、思ってたの?」
単刀直入のルナマリアの言葉に、シンは思わずドキッとした。
「もう…図星だったのね。そんなのは関係ないでしょ?」
「な…?!そんなのって…っ!?」
言い切る直前で言葉をさえぎられた。
シンの唇に、ルナマリアのが重なっていた。
思わずシンは体が一瞬強張ったものの、しばらくその感覚に身をゆだねた。
しばらくして、ゆっくりとシルエットが二つに離れた。
「あの時言ったでしょ?“何でも一人で背負わないで”って、“出来ることなら一緒に居る”って。」
全ての戦いが終わったあの日、紡がれたルナマリアとメイリンの言葉。
それは、“決して君は独りじゃない”と言う意味も込められていた。
「それに、あたしたちは何度もシンに助けられたわ。あなたに守られた。」
「…っ…!」
「だから、それだけでも充分嬉しいわ。」
「……ルナ…っ…!」
感激しているせいか、シンの体が震えているのに気付いたルナマリアは、彼を再び抱き寄せた。
そしてシンもまた、震える手でルナマリアの背に腕をまわした。
「あたし……シンのこと…好きだから……。」
「…えっ……!?」
唐突な彼女の告白に、シンは思わず目を見開いた。
わずかに距離をおき、シンはルナマリアの表情を見つめた。
頬をピンク色に染めながらも、笑顔を向けるその表情に、シンの胸は熱くなった。
「ルナ……それって、ホント?」
その質問に、ルナマリアは躊躇いもなくゆっくりと頷いた。
すると、突然ルナマリアは手荷物の中から何かを探し出した。
取り出したのは、小さな深い青色の箱。
「これ、クリスマスプレゼント。あたしから…。」
「えっ………俺に?」
「気に入ってくれるかどうか、自信ないけど………。」
シンはその箱を受け取り、ゆっくりとその箱を開けた。
その中に入っていたのは、交差している2本の剣の中央部に、ひし形の赤い石が埋め込まれた、小さなネックレスだった。
「…!…すごい…。」
「どうかな?」
「ああ。気に入ったよ、これ。ありがとう!」
すると、ルナマリアはクスクスと微笑んだ。
「良かった。やっと笑ってくれた。」
―――えっ!?
彼女に言われて、ようやくシンは今頃になって笑顔を見せたことを思い出した。
そう思った瞬間、シンも思わず笑ってしまった。
「あ!そうだ、実は……。」
ふと、シンは何かを思い出したかのように、服のポケットを探り、小さな箱を取り出した。
「俺からも、ルナに。クリスマスのプレゼント。」
予想だにもしていなかったことに、ルナマリアは思わず頬を染めた。
「あ、あたしに!?」
「うん……開けてみなよ。」
ルナマリアは、言われたとおりにその箱を開けてみた。
中には、翼をイメージした飾りにアメジストの石が埋め込まれていた、二つの小さなイヤリングだった。
「……!…かわいい……それに、綺麗…。」
「ルナに似合うかどうか、結構迷ったけどね…。」
「ううん、とても嬉しい……!ねぇ、着けてみてもいい?」
「ああ…。俺がやるよ…。」
そう言ってシンは、イヤリングを取り出し、それをゆっくりとルナマリアの耳に着けた。
「うん。やっぱり似合ってる。」
「じゃあ、今度はあたしが…。」
シンはその言葉に頷き、もらったばかりのペンダントを差し出した。
ルナマリアはそれを手にとり、シンの首にかけた。
「かっこよくなったわね。」
「ルナだって、前より可愛くなったじゃないか。」
「…ありがとう…☆」
思わずまた頬を赤く染めたルナマリアに、シンは笑みを浮かべた。
しかし、不意に思い出した彼女の告白のことを切り出した途端、彼女の表情が若干暗くなってしまった。
「ところでさ、さっき俺のこと好きだって、言ったよな。」
「……うん。シンの気持ちとしては…どうなの?」
恐る恐る彼に聞いてみるルナマリアの言葉は、震えていた。
シンは一瞬だけ考え、そして答えを出した。
「言葉じゃ言い表せないから………。」
「え…?……んっ!」
そう言ってから間もなく、彼はルナマリアをいきなり抱き寄せ、自分の唇をルナマリアのそれに押し付けた。
彼女の気が動転し、硬直したのを見計らって、シンは唇を離した。
「……!!…シ…ン……っ!」
ルナマリアの顔は、これ以上ないくらい真っ赤に染まっていた。
「……強引過ぎたかな…?」
シンは申し訳なさそうに呟いて、彼女の顔を覗くと、ルナマリアの表情は泣き笑いの状態になっていた。
そして、ルナマリアは自分の顔をシンの胸に押し付けた。
「…嬉しい…っ……でも、ちゃんとした言葉を、シンの口から聞きたいな…。」
ルナマリアに言われて、シンも頬を染めどうしたらいいか戸惑っていた。
しかし、意を決してルナマリアに告白した。
「ルナマリア……お前のことが、大好きだ…!!」
その言葉を確かに聞き入れたルナマリアの瞳から、涙がとめどなく流れてきた。
「…シンッ…ありがとう……!!」
「お礼を言いたいのは、俺だって同じだよ…っ。傍に居てくれて、本当にありがとう…っ…!」
それからしばらくの間、二人は抱き合ったまま、互いの温もりを確かめ合っていた………。
そんな彼らを祝ってくれるのは、オーブの夜空に輝く、星たちかもしれない……。
二人の心に、輝く星を……。
そして、この話を読んでくれているみんなの心にも、輝く星を……。
Merry Christmas!!
--End--
☆あとがき
クリスマス記念小説第1弾は、シンルナです。
ちなみに今回のイメージソングは、野猿の「SNOW BLIND」です。
時期的に、フリー小説第3弾の「Emotional Recovery」に微妙にリンクしています。
しかし、シリアス傾向のつもりが最後のあたりでほの甘系になってしまいました。(笑)